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第123話

 切々と真情を吐露すれば、ふたりの間に横たわる溝が埋まる兆しが見えはじめるはずの局面を迎えているにもかかわらず進歩がない。  ひざまずいて愛を乞うのだ、ハルトを鞍から抱き下ろすのが先だ。そう自分に発破をかけるはしから仁王立ちになるありさまで、微妙な空気が漂った。マントを羽織りなおすことで一拍おいたわりには、 「ジリアンが、そなたを遣わしたのか」  意に反して突っ慳貪な言い方となり、輪をかけて素っ気ない返事をよこす。 「そんなとこ。羊をほったらかしで村まで馬を取りにいかなきゃで、すっげえ迷惑」 「すまぬ。面倒をかけついでに水場に案内いたせ、いや、頼む」  ふたり乗りの手綱はハルトが取り、イスキアは鞍を譲られる形で跨った。 「飛ばすよ、しっかり摑まって」  黒髪に顎をくすぐられるほどの密着ぶりに内心、舞いあがりながら細腰(さいよう)に腕を回す。そして、おやと思った。  小島で暮らしていたころに較べると、幾分がっちりしたようだ。手綱さばきも鮮やかなものだ。階段状に切れ込んだ斜面に差しかかっても、軽やかに馬を操る。  イスキアは真剣な面持ちを盗み見て、恋情という焚き火に(たきぎ)()べ足さられたように感じた。  こころもち頬が()げたぶん、愛らしい顔立ちに男っぽさが加わった。季節がうつろいゆく間にハルトは少年時代の最後の欠けらをこそげ落として、凛々しい若者へと成長した。  なまっちろい都育ちの青年は、たちまち音をあげて逃げ帰るだろう。厳しい自然環境と自給自足の生活が、(つよ)く、伸びやかな気性を育んだのだ。  ハルトには暴風に弄ばれても折れない柳のようなしなやかさが(そな)わっていて、よい意味でのしぶとさに惹かれるのだ。  その現象は二度惚れしたことを物語る。髪飾り風の帽子までもが熱を帯びるくらい〝皿〟が火照り、だが今はマズい。それでなくとも乾きぐあいが危険な段階に差しかかっているのだ。    ふたりと一頭は、やがて木立の中にひっそりと在る池の(ほとり)に行き着いた。木洩れ陽が水面(みなも)で弾けるさまは、ダイヤモンドをちりばめたようにきらきらしい。  二匹のリスが鬼ごっこに興じるかのごとく、ちょこまかと駆け回る。お伽噺の一場面を切り取ったような美しさにあふれて、改めて再会を祝うにはまたとない舞台装置だ。  小鳥がさえずり、葉ずれが歌う。しかしイスキアは気持ちが安らぐどころか、馬から降りるさいには(あぶみ)を踏み外すという醜態をさらすという体たらく。  求愛するにあたっては、そなたにべた惚れである、と直截(ちょくさい)に告げるのが正解なのか。  それとも回りくどい真似はやめてくちづけるほうが純粋、且つ真摯な想いが伝わるのか。  どちらの案にも一長一短があって、いっそのこと花占いで決めたい、とヤケクソ気味に思うまでに緊張しきっていた。

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