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第126話

「そなたって呼ばれると、すごく、すごおく距離を感じて淋しい。口癖を直してくれるなら……っていうか、一方的に婚約を解消しといて厚かましいけど、おれもずっと一緒にいたい。ただし条件がある」 「なんなりと申してみよ」 「これからは『そなた』と一回言うたび罰金にチュウしちゃうんだからな」  そう鹿爪らしく宣言してチュッと唇をついばんでくるはしから、もがきはじめる。言い出しっぺが照れまくって、どうする。 「そな……もといハルトとの縁が完全に切れれば生き地獄を味わい〝皿〟が割れたが最後、地獄に堕ちる。かけがえのない存在などと陳腐な言葉では言い表せない相手。それが、わたしにとってのハルトだ」  答えは至って単純だ。愛し愛されて、共に人生を謳歌する。これに勝る喜びなど、ない。  己のすべてをさらけ出す証しに髪飾り風の帽子を取り去った。それからイスキアは、氷の塊さえたちまち溶けるような狂おしい視線を想い人にそそいだ。 「早馬を走らせて、(みやこ)に戻りしだい婚礼の儀を執り行えるよう手筈を整える。異論はあるまい」 「ある、大あり!」  と、即答されて泳ぎが乱れる。つい、習性で命令口調が出てしまったが、これも『そなた』に準じて罰金を科せられる対象だろうか。  いわば貨幣の単位が接吻というのは魅力的で、むしろ積極的に払いたいというスケベ根性を見透かされて、顰蹙(ひんしゅく)を買ったのでは……。   するとハルトは拳を振りあげて力説する。 「おれ、れっきとした男なんだし。フリルだ、レースだ、ひらひらの花嫁衣裳なんか絶対、ぜーったい! 着ないからな」 「では、ドレスはわたしが着るとしよう。白粉をはたいて、紅をさして」  ぎょっとした表情(かお)がツボにはまって、イスキアは朗らかに笑った。拗ねて、犬かきで離れる素振りをみせる肢体をひしと抱きなおすと、祭壇の前で永久(とこしえ)の愛を誓ったあとの祝宴で新夫(にいづま)とワルツを踊るように泳ぎ回った。  ひと回り年下の男の子に一目惚れしたのは泉の(ほとり)。月日は流れ、紆余曲折を経て池の中で初恋が実った。今後も()まずたゆまず溺愛道を学びつづけて、心ゆくまでハルトを慈しむのだ。そう決意を新たにする一方で悪戯心をくすぐられた。 「ついでといっては語弊があるが帰途に着く前に、そなたの両親に挨拶がしたい。『息子さんをください』は様式美であるからな」    わざとを強調して接吻をせしめる。祝婚歌を奏するように葉ずれが高まり〝皿〟がひときわ輝いた。

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