128 / 143

第128話

「へへ、せっかくだから甘えちゃおっと」  練習を兼ねて、ぎこちないなりに頬ずりしてみせると、一転して突きのけられた。茂みにすべり落ちたところに、うわずった声が降りそそぐ。 「諸般の事情により衣服が乾くまで──裸で過ごさざるをえない間は、池のこちら側と向こう岸に離れておくべきと判断した。では、わたしが移る」 「えーっ!? 今さらイチャイチャするのはおあずけなんて、なんで意地悪するの?」  ぶうたれるのと相前後して、羊の群れの、その一頭、一頭の性格を把握するなかで培われた眼力が本領を発揮した。すなわち、ふたつの現象を同時に見て取った。 〝皿〟が桜色に染まっているのは頬が紅潮するのと同じ原理で、恥ずかしがったり興奮していたり、するとか……? こころもち下穿きの中心が盛りあがっているのが、もしかして『諸般の事情』だったり、する……?  魚がぽちゃりと跳ねて一刹那、凍りついた空気を溶かした。  示唆を得たように、一と一が結びついた。 「え……っと、つまり、れ……」  劣情をもよおしたがゆえ、やむにやまれずイケズな提案をした。恐らく正解はこうで、だが、ずばり指摘するのはためらわれてクシャミを嚙み殺すのを優先したふりで濁す。  ひとまず岸辺と茂みに分かれて座った。  不覚にも勃ってしまった、気にしない気にしない健康な証拠、はっはっはっ──。などと笑い話にすり替えるには、それなりの経験が必要だ。   事、恋愛方面はからっきし駄目なふたりにとっては、片足けんけんで草原を横断するくらい高難度の技だ。  走り足りなげに、馬がつながれた木の樹皮を(ひづめ)でこそげる。尻尾が下枝をぴしりぴしりと薙いで、その音が気まずい沈黙を埋めた。  イスキアが突然、頭を池に()けた。じゅう、と熱した鍋に水をかけるところを髣髴(ほうふつ)とさせるふるまいにおよんだかと思えば、今度はマントをかなぐり捨てて熱弁をふるう。 「諸般の事情というのは、とりもなおさず男の生理である。雪原にぽつりとある赤い実のごとき乳首、水蜜桃さながらのぷりっとした尻、採れたてのキュウリがしなびて見えること請け合いの(みず)やかな太腿がむき出しの現状は、がまん大会、いや拷問以外の何ものでもないのだ。よって誘惑に負けぬよう向こう岸に避難する!」 「ま、ま、ま、待った、待って」    ハルトは咄嗟にイスキアにしがみついて、泳いで池を渡ろうとするのを押しとどめた。領主館(別館)において、親密度が高まった翌日には低まることを繰り返していたころに同様の科白が発せられていた場合は、おぞましいと叫び返して一発おみまいしていた。

ともだちにシェアしよう!