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第130話

「わたしは、実は。要するに、実は……」 「実は、なに? 帽子の謎にしこたま驚かされて、もう、たいていのことじゃ驚かないから早く言って」    どうて──と尻切れトンボではぐらかすさまに苛ついて起き直ったせつな、天と地が引っくり返った。すかさず逆に組み敷かれて草の(しとね)に横たえられる。 「ずるい、反則だ……もがもが」  接吻で黙らせるのは、あざといにも程がある。当然のことながらハルトは口を真一文字に結んで拒み、それでいて舌が唇の輪郭をなぞるのに合わせてキュンとなる。  対抗意識を燃やして迎え撃つふうに舌をかじると、おイタをたしなめるかのごとく、やんわりと吸い返された。  ムッとして舌を搦め取ってはみたものの、羊飼いとして独り立ちしたときの何倍もぎこちない。もたもたと口腔へいざなうのが精一杯だ。  両思いになりたてほやほやなのも相まって、何もかもがふたりで煉瓦を焼くところから家を建てるような喜びにあふれている。  舌と舌で睦まやかに語らううちに改めて痛感する。美味しいキュウリを育てるには追肥をほどこす時期も重要だ。  イスキアの面影が頭にこびりついて離れず、慕わしさがつのって禁断症状が出るようだった間も、無理やり彼に関する記憶を封印して暮らしていた日々は、いつしか芽吹いた恋心が熟成を重ねるのに必要な期間だった。  仮に〝皿〟がらみの秘密が明らかになったあとも領主館(別館)に留まりつづけていた、とする。  その場合は河童の子孫云々──に起因するわだかまりがどんどん深まっていき、(むし)に食い荒らされたように恋情は腐れていたかもしれない。 「えっと……イスキアのこと、ものすごおく好……ぬ、ぬぬ」  素朴で、そのぶん混じり気のない科白を、再び接吻がかき消す。 「ちゃんと言わせろ……むぅ、うっ!」    吸盤を持つ(つた)並みのしつこさで巻きついてくる舌を振りほどく。そして、ほとんど喧嘩腰で告げた。 「だから完璧に好きなんだってば!」 「怒鳴らずとも聞こえる」  と、切って捨てるのとは裏腹〝皿〟は正直に物語る。このとおり赤らんでいるのは、うれし恥ずかしいためで、それゆえ邪魔する真似をしてしまったのだ、と。  ひやっこい風が梢を揺らす。なのに、くちづける角度を変えて貪り合うにつれて全身が汗ばみ、しかも起動装置が働いたように陰茎が萌した。  ハルトはうろたえ、たくましい躰を押しのけにかかった。ところが、いっそう抱きすくめられたうえで、甘みが強い私語(ささめごと)が唇のあわいをたゆたう。

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