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第131話

「先ほどの『実は』のつづきだ。掛け値なしにこれが初体験、いわゆる筆おろしなのだ。至らぬ点があっても赦せ」  筆おろし、と鸚鵡返(おうむがえ)しに呟くと、 「童貞を卒業することを指して、俗にそう言うのだ」  取り繕ったような仏頂面で補足するさまがツボにはまって、噴き出した。 「いい年して初めてとかって信じられない」 「疑われるとは心外である。童貞を捧げる相手はハルト以外にはおらぬ、との信念を貫いてきた結果なのだ」 「ひゃっ!」  何がどうしてそういう形になったのか、乳首がイスキアの腕をかすめた。ジタバタすると、かえって乳首をつまんでほしいとねだるように胸が突き出てしまう。  黒い瞳が驚きと戸惑いに揺れた。くすぐったいのに、くすぐったいだけじゃない、摩訶不思議なこの感覚はなんなの……?    かたやイスキアは感涙にむせぶようだった。長きにわたって恋い焦がれてきた相手がまさしく、まな板の上の鯉。茱萸(ぐみ)のように愛らしい粒が彩りを添える上体も、すんなりした下肢も丸出しという、ほぼ全裸。  よだれが垂れる光景は、果たして夢か幻か。確かめる方法といえば自分の頬をつねるのが定番だ。代わりに勇を鼓して乳首をつんつん。 「や、そんなふうにすると、骨にひびく……!」  そう言われると、ただでさえ余りにもいたいけで触れるのが恐ろしくなった。もっとも鼻先にぶら下がっている人参をおとなしく眺めているだけなのは、虚しい。第一、年上の沽券にかかわる問題としてぜひとも主導権を握りたい。 「適切な力加減というのがわからぬ。痛くしたときは痛いと、遠慮せずに申すのだ」  たっぷり数十秒たってからうなずき返してきたのを合図に、改めて乳首をつまむ。それにしても小さい、とイスキアは唸った。  改良種の親にあたるキュウリの種子をえりすぐるとき以上に丁寧に扱わなくては、もいでしまいかねない。あるいは〝皿〟に軽くヤスリをかけて、くすみを取るように……。  浮かれまくって、うっかりしていた。指より舌のほうがが柔らかい。つまり舐めるに限る。  いそいそと実行に移す。実践編と謳った溺愛道の副読本を参考にして、ねっとり、じっくりと可愛がれば結果は自ずとついてくるはず。それを楽しみにして、まずは淡々しい縁取りの乳暈(にゅううん)に舌を這わせた。

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