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愛がなければ砂の味 6

 吸血鬼は生涯に一人だけ伴侶を決めて、その相手に自分と同じだけの寿命を与えることができる。そのせいで、不老不死に近い生を求めるものたちによって狙われて、数を減らしているのも確かだと世津は話してくれた。今回夢魔たちが集団で世津の伴侶となる晴海を排除して、自分たちのものにしようとしたのも、そういう理由があるからだ。 「生涯に一人だけって、俺で良いんですか? 間違ったりしないんですか?」 「はるさんがええの! 間違うもなにも、はるさんの血以外、俺は受け付けへんよ」  晴海と出会わなければ、血を吸うことなく、人間と同じくらいの寿命で果てても構わないと思っていた世津。それを変えたのは晴海の存在だったと聞けば、拒む理由がない。 「どうすれば……」 「血を吸うときと変わらへんのやけど」  膝の上に乗りあがってきた世津が、晴海の首筋に歯を立てる。ふつりと皮膚が裂ける感覚はいつもと同じだったが、その後が違った。熱いなにかを注ぎ込まれるような、酩酊に近い感覚。 「あ……なんか、おかしい……」 「気持ちええやろ? 俺ははるさんの血を吸うたびにこうなってて、それでも心が欲しかったから我慢してたんやで」  ぞくぞくと体を走る熱に晴海は熱い息を吐いた。いつの間にか、ベッドの上でシーツに押し倒されている。  赤く濡れた唇が、晴海の唇を塞ぐ。ぬるりと舌が入ってきて、血の味がしても、晴海は嫌悪感も覚えなかった。 「今さっき襲われたばかりやし、少しでも嫌なことがあったら、言うて?」  止まれるか分からへんけど。  太ももに触れた世津の中心の硬さは、晴海にも分かっていた。同じ男性だからこそ、その状態で我慢するのがつらいことも、その上でまだ世津が晴海の意思を尊重してくれようとしてくれていることも。 「キスを……キスをいっぱい、してください。俺、世津さんの唇色っぽいって思ってて……好きです」 「なんて、可愛いことを言うてくれるんやろ」  口付けを受けながら、パジャマも下着も剥がされていく。 「小さい頃……保育園でプールの時間があって……」  元気よく服を脱いだら、周囲の視線が晴海に集まっていた。どうやら、晴海の肌が褐色なのを、他の保育園の子どもは日焼けだと思っていたようで、全て同じ色なことに驚かれたのだ。それ以来、なんとなく他人に肌を晒すのが好きではなくなって、銭湯にも温泉にもプールにも行きたがらない晴海。 「肌理が細かくて、すべすべで、もちもちで、はるさん、綺麗やよ」  肌を撫でて、首筋から鎖骨を通って胸まで舌で舐める世津に、晴海は潤んだ目でその顔を見上げていた。目の色が赤く変わった捕食する獣のような表情。 「なんか、持ってるかな……濡らすもん」 「えっと……ハンドクリームとかでも大丈夫ですか?」  回数を重ねて完全に世津の伴侶となればそこが濡れるようになるらしいのだが、男性同士の行為は原則として受け入れる場所が濡れることはない。濡れるようになるのは、晴海が世津の『女』になった後だ。  散らかった部屋の中から、仕事柄手が荒れるので愛用しているハンドクリームを掘り出して、行為を続ける。手際がいいとは言えないが、それがまた、世津も晴海も慣れていないことを示しているようで、密かに晴海は嬉しかった。  ハンドクリームを付けた指が、晴海の後孔に差し込まれる。塗り込むような動きに、伴侶となるように噛まれた余韻もあってか、違和感よりも快感が優った。 「あっ……んんぅっ」 「中、締め付けて熱い……ここ、入ってもええ?」  ぐちゅぐちゅと世津の繊細な指が掻き回すそこに、翻弄されそうになって涙ぐみながらも、晴海はこくこくと頷いた。発達した大臀筋を割るようにして、後孔を晒した世津が、そこに切っ先を宛てがう。 「うぁっ! あぁぁっ!」 「はるさん、きつい?」 「へ、いき……さいごまで、して」  入り込んでくる質量は指など比にならぬくらいで、流石に息を詰めてしまうが、苦しそうな表情でも晴海を気遣ってくれる世津が愛おしいかった。  無理のないようにゆっくりと最後まで押し入って、世津が長く息を吐く。息を詰めて陸に上がった魚のようにはくはくと口を開閉している晴海に、世津が口付けをくれた。  それを合図に動き出した世津に、首筋を噛まれ、胸を揉まれて、晴海は快楽の中に堕ちていった。 「これで、はるさんは、俺のもんや」  中が世津の白濁で濡らされるのに、晴海は無意識のうちに頷いていた。  事後には世津が後始末をしてくれて、ほとんど眠りかかっている晴海のためにシーツも替えてくれたのだが、シーツの在り処など隣りの家とはいえ分かるはずもなく、衛陸に聞いたのだろうと翌朝気付いて、晴海は恥ずかしさに両手で顔を覆った。  察しのいい衛陸は昨夜二人に何があったか、気付いていたようだ。 「はるさんを、俺の伴侶にしました。籍を入れたり式を挙げたりするのはもう少し後になりますが、不束者ですが、よろしくお願いします」 「はるちゃんのことは心配だったから、世津さんがずっとそばにいてくれると安心だわ」 「絶対に離れません。離しません」  リビングでソファに座って向かい合って挨拶をする衛陸と世津に、もじもじと恥ずかしく居心地悪く聞いていた晴海も、深々と世津が頭を下げたのに合わせて頭を下げた。 「世津さんのことが好きなんだ。世津さんと同じだけの時間を生きていくから……」 「私のことは気にしなくていいのよ。誰だっていつ死ぬかなんて分からないんだもの。もしかすると、私の方がはるちゃんより長生きするかもしれないんだし」  人間ではなくなると言うことで、ずっと一緒だった衛陸を置いていくような気分になっていた晴海に、衛陸は明るく告げる。 「でも、不思議ね。初めて会ったときには、小学生だった世津さんが、私のはるちゃんと結婚なんて」 「エリさんとは、末永くお付き合いするような気がしてたんや」  微笑む世津に、「そうだと良いわね」と衛陸も笑い返した。  左岸家の衛陸に世津が挨拶をした後は、和泉家の奈帆人と千都に晴海が挨拶をする番だった。緊張して玄関を潜った瞬間、半泣きの奈帆人に縋られる。 「お願いや、せっちゃんを棄てんといて! はるさんに棄てられたら、世界が滅ぶ!」 「何言うてんねん、奈帆人!」 「はるさんがいいひとで、ほんとうによかったです。はるさんも、ちづのあにうえですね」  泣き喚く奈帆人とは対照的に、千都はにこにこしている。 「世津さんのことは、一生大事にします」  自分の愛したひとが、自分を愛してくれる。そんな奇跡のようなことが起こったのだ。世津が「運命」と言っていたときには意味がわからなかったが、これこそが運命なのかもしれない。 「俺の部屋に住んでもらうには狭いから、書斎を片付けるとして、しばらくははるさんのお部屋に通って寝かせてもらおかな」 「俺がいないと夜も眠れないんですよね」 「せやで。不眠症やないからな?」  一つ一つ、思い出してみれば世津は世津なりに真剣に晴海を口説いてくれていた。それを晴海はなかなか素直に受け取れなかった。 「これからも、たくさん、すれ違うことがあるかもしれませんけど、一つずつ、丁寧に話し合っていきましょう」  これからはずっと一緒なのだから。  繊細な世津の手を握ると、とろりと蕩けるように甘い笑みで晴海を見上げてくる。  それはそれとして。 「はるさんに夢中すぎて……最近、仕事が手につけへんくて。しばらく家におってくれへん?」  晴海が何をしているか、どこにいるか、気になって気になって、仕事が手についていなかった世津は、締め切りを山ほど抱えていた。 「しばらく俺がご飯作りましょうかね」  図案を描いたり、家でできる仕事もあると世津に提案すれば、世津は妙案を思いついたとばかりに顔を輝かせた。 「うちの土地余ってるから、はるさんの工房を増築しよか」  そうすればずっと離れずにそばにいられる。  その件に関して、千都が「けっこんは、ごうほうてきなかんきんでした」と妙に悟った顔をするのを、世津は晴海には聞かせなかった。

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