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蝙蝠だって恋をする 5

 健康で献血をするくらいの気持ちだからと、それまでは毎日血をくれていた。二人きりの夜の部屋で血を吸えば、奈帆人の方は衛陸が好きなのだから、妙な気分にならないわけがない。吸血という行為は、相手の首に牙を突き立てるのだから、千都に見守っていてもらうというわけにもいかなかった。  吸血鬼にとって、とても特別で親密な行為。  世津と晴海が旅行に行く前の日には、暫くは血が吸えないと、奈帆人は多めに衛陸から血を吸わせてもらった。白い首筋はいい匂いがして、密着する体についた手が、布越しに力の抜けた筋肉の弾力と柔らかさを伝えてきて、奈帆人は自分の中心が反応し始めていることに気付いていた。それでも止められず、強く衛陸の首筋を吸うと、「あっ……」とあえかな声が衛陸の口から漏れた。  慌てて口を外せば、透けるように真っ白な肌に赤い痕を付けてしまっていた。 「エリさん、ご、ごめんなさい!?」  指先で確かめるように奈帆人の唾液で濡れた首筋を撫でる衛陸に、ゴクリと喉が鳴る。 「平気よ。治るのも早いってはるちゃんも言ってたし」  吸血鬼の伴侶になった晴海は、世津と同じだけの時間を生きるし、怪我の治りも早く、病気もしにくい。血を吸っているうちに無意識に奈帆人も衛陸を伴侶にしようとしているのかと、奈帆人は青ざめた。心がないのにそんなことをしていいはずがないし、形だけの伴侶という体になったとしても、衛陸が奈帆人のものになるわけではない。 「俺、暫くエリさんの血ぃ、吸わへんわ」 「大丈夫なの? 干上がったりしない?」  最初に血を吸ったとき、奈帆人は蝙蝠の姿でヘロヘロの状態で干上がっていた。それを心配してくれる衛陸に、奈帆人は力なく笑う。 「ずっと甘えとるわけにはいかんから」  隣りの家に世津と晴海がいる。小さな頃から奈帆人を守ってきてくれた世津は、頼もしい兄であり、誰よりも怖い相手であった。仕事仲間で、お世話になっている衛陸に、奈帆人が何かしでかしたら、衛陸が許したとしても世津は絶対に許さない。その抑止力があってすら、奈帆人の若い欲望は暴走しそうになる。  借りている晴海の部屋に戻って、ベッドに倒れ込んで奈帆人は天井を見上げた。 「今頃、せっちゃんと晴海さんは、ええことしてはるんかなぁ……羨ましい」  想像してしまうとそれを衛陸と自分に重ねて、息子のおさまりがつかなくなりそうだったので、奈帆人はぎゅっと目を閉じて眠る努力をした。眠ろう眠ろうと考えるほど、ひとは眠れないものだ。  ほとんど眠れないままにげっそりとした様子で起きてきた奈帆人は、世津と晴海を見送ると力尽きて、定位置のクッションの上で蝙蝠の姿になってしまった。その隣りに折り紙を持った千都がちょこんと座る。 「かおいろがわるいですが、エリさんとけんかしましたか?」 「この状態で顔色が分かるんか!?」 「かんです。おんなのかんは、するどいのです。それで、エリさんにきらわれて、凹んでるんですか?」 「エリさんは俺を嫌ったりせぇへん……きっと」  決定的に何かをしでかしてしまわない限りは、衛陸は家族のようには奈帆人を大事にしてくれるだろう。 「……あれ? なんで、エリさん、俺が干上がってたって、分かったんやろ」  弱っていたように見えたのかもしれないが、初めて血を吸ったときに、奈帆人は蝙蝠の姿だった。血を吸って人間の姿になってボクサーパンツ一枚で衛陸を押し倒すという大惨事を引き起こしてしまったが、あのときに衛陸は奈帆人が渇いていたと分かっていたのだろうか。  もふもふの毛並み、尖った鼻先、鉤爪のある小さなお手手、皮膜のような羽。蝙蝠の顔色が分かるという人間も珍しい。 「エリさん、コウモリさんをおったのです」 「上手ねぇ、千都さん」  おやつを持ってきてくれた衛陸が、茶色の折り紙で器用に折られた蝙蝠を誇らしげに見せる千都の前に、さつまいもの蒸しパンとミルクを置く。 「エリさんにあげるのです」 「良いの? 大事にするわ」  手の平の上に蝙蝠の折り紙を乗せる衛陸に、大人気なく折り紙に嫉妬した奈帆人は飛んで胸に張り付いた。豊かな大胸筋の発達した衛陸の胸は、ふかふかで柔らかく、いい匂いがする。 「おやつ食べられないかしら?」 「食べたい!」  そう主張したものの、人間の姿に戻る気力がない奈帆人を、蝙蝠の姿のまま膝の上に乗せて、衛陸が蒸しパンを千切って手渡してくれる。小さな両手でそれを持って、ガジガジと食べていると、衛陸の指が奈帆人の小さな頭を撫でた。 「可愛いわぁ……千都さんも、奈帆人さんも。どっちもうちの子にしてしまいたい」 「エリさんのこになります!」 「子どもやないんやけどなぁ」  好意を持ってくれることは嬉しいのだが、子ども扱いされるのは本意ではない。 「エリさんは、俺が蝙蝠でも干上がってたら気付いてくれるし、子どもとか年の差があるからとか吸血鬼やからとか、そういう、俺にはどうにもならん理由では振らんでくれた」  好きだと毎日繰り返せば絆されてくれるだろうか。  コップを口元に持ってきてくれて、ミルクティーを飲ませてくれる衛陸の優しさにつけ込みたい気持ちが半分、奈帆人が思うように衛陸にも自分を好きになってほしい気持ちが半分、複雑だった。  夜に衛陸と一緒にお風呂に入る千都を少し羨ましく思っていたら、出てきた衛陸が千都の髪を乾かしながら、「奈帆人さん、どうぞ」と促してくれる。食事と夜の気配でひとの姿になることはできていたので、着替えを持ってバスルームに入ると、先に千都と衛陸が入っていたので、そこは湯気で温まっていた。  シャンプーとボディソープの匂いに混じって、衛陸の香りが濃厚に感じられる。血を吸うようになってから、奈帆人は衛陸の匂いに敏感になっていた。 「エリさん……」  甘く誘う香りに中心が反応してしまって、奈帆人は蝙蝠の姿になるわけにもいかず、タイルの上に座り込んで、そこを手で握った。これまで欲望は薄い方で、精通は来ていたが、夢精もほとんどしたことがなく、自分で触ったこともない。 「好きや、エリさん……」  はぁっと吐く息が熱い。シャワーの音に隠れて、奈帆人は濡れ始めた先端の滑りを伸ばすように、グチグチと音を立てて擦り始める。扱いていると、衛陸の白い首筋に付けた吸い痕が脳裏に浮かんだ。  あそこに噛み付きたい。  もっと深くまで触れたい。  あの白い肌を暴いてしまいたい。  激しくなった手の動きに、高まりが増す。絶頂でどくりとそこから白濁が弾けた瞬間、バスルームのドアが開いた。 「ずっと入ってるけど、奈帆人さん、溺れてない?」  心配して覗き込んだ衛陸が見たのは、中心を握り締めて、絶頂の余韻に浸っている奈帆人の姿で、タイルの上に散っている白濁でナニをしていたかすぐにりかいしたのだろう、バタンとドアが閉まる。 「み、見られてしもたー!?」  この状況で、衛陸の艶姿を想像して抜いていたのではないと言い訳はできない。むしろ、衛陸のことが好きなのだから、他の相手を想像して自分でしていたと思われたら、それはそれでショックすぎる。  長時間バスルームから出てこなかったので、血を吸っていない奈帆人が蝙蝠の姿になってしまって、溺れていないか心配してくれたのだろうが、あまりに恥ずかしい場面を見られた奈帆人は、それどころではなかった。  野良蝙蝠になろう。  もうここには戻ることができない。  そう思い詰めて奈帆人はバスルームの窓から夜の街に飛び出していた。

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