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青い世界に憧れて 2
トルコのコーヒーの飲み方にはコツがある。
コーヒーの粉をそのまま煮出してカップに入れるので、よくかき混ぜた後に、粉が沈殿するまでゆっくりと待って、それから飲むのだ。最後の飲む量の見極めも難しい。粉が口に入るとザラザラとして不快な苦味が広がるので、沈殿した粉まで飲まないように止めるのだ。
晴海がずっと行きたかったが行けなかったというトルコ旅行。ホテルで荷物を置いて、ホテルに備え付けのレストランでコーヒーを飲みながら、世津はガイドに書いてあった通りのことを晴海に説明した。コーヒーを慎重にかき混ぜる晴海は、感心しながら世津の説明を聞いて、コーヒーと甘い揚げ菓子を楽しんだ。
偉そうに言ったにも関わらず、世津の方が晴海の興味深そうに煌めくオレンジ色の瞳に魅入られて、コーヒーのやめどころをみきわね損なって、ペットボトルのミネラルウォーターで口を濯ぐことになったのだが、それもまた楽しい旅の始まりだった。
「どこから行く?」
「モスクは礼拝の場ですから、祈りの時間には入らないのがマナーみたいなんですよね。明日の朝なら大丈夫そうなので、今日は市場を見てみましょうか」
お目当てのタイルもあるかもしれないと目を輝かせる晴海に、世津は異存はなかった。市場にはドーム状の屋根があって、そこも色鮮やかに装飾されている。それを見ながら、市場の店を見て回る。
新鮮な野菜やスパイス、お茶などが並ぶ市場で、晴海が目を止めたのは、赤い花びらとオレンジのお茶だった。日本では綺麗にパッケージされたものが売られているが、ここではそのまま剥き出しで山積みにされていて、その色鮮やかさがよく見えるようになっている。
「あれ、美味しいんですかね?」
「どうやろな。綺麗やけど」
「買ってみて良いですか?」
もちろんと答えれば、慣れた様子で晴海が売り子に声をかけて計って包んでもらう。海外を転々としていた晴海はこういうことに慣れているようだ。
「かっこええわぁ……惚れ直す」
「そうですか?」
代金を払ってお茶の包みを受け取った晴海が、照れ照れとするのも可愛くて、世津は静かに悶えていた。市場を抜けると商店街のようなところがあって、そこの店のひとつに陶器を扱った店があった。トルココーヒーはフィンジャンと呼ばれる小さなカップで飲むのだが、青い模様の描かれたカップに晴海の目が釘付けになっていた。
「これ、デミタスカップとして使えそうやし、俺とはるさんの分、買おか?」
「お揃いですね」
よほど青い色が好きなのだろう、喜ぶ晴海に、世津は鼻の下を伸ばしながらそのカップを二つ購入した。その間に、晴海はタイルの売っている店を店員に聞いていたようだった。
「はるさんて、トルコ語喋れはるん?」
「ちょっとした単語と、後は英語と、フィーリングです」
相手は伝えたい、こちらは聞きたい、それが合致すれば、意外と簡単な単語で通じてしまうと言う晴海は、海外に慣れている以上にコミュニケーション能力が高いのだろう。
教えてもらったタイルの店に行く途中に、世津は露店の男性から声をかけられた。何を言っているのか分からないが、何枚かの絨毯を見せられて、それを押し付けられそうになる。
「受け取っちゃダメですよ、買わされます」
ぐいっと晴海が世津の肩を抱いて、男性に何か言って追い払った。絨毯は非常に高価なので、明らかに外国人と分かる世津が触って少しでも傷が付いたとか騒ぎ立てて売り付けようという魂胆だったらしい。
「頼りにならはるわぁ。はるさん、素敵や」
元々惚れているが、もうメロメロになって肩を抱かれたまま世津は晴海とタイルの店に行った。トルコのタイルは装飾品としての価値が高い。壁に飾ったりするために、美しい模様を描いたものがたくさん店の中にあった。
その一つ一つを無言で見ていく晴海の目は、キラキラと感動に輝いている。タイルも見事だったが、それよりも世津は晴海の顔から目が離せなかった。
気に入った青と赤の花のタイルを買って、満足した顔でようやく世津を見た晴海は、ハッとして頭を下げた。
「ごめんなさい、俺、自分の世界に入ると、周囲が見えなくなってしまって。退屈だったでしょう?」
「こんな美しいものがはるさんは好きなんやなぁと思うて見てたわ。はるさんは、俺に美しい世界を見せてくれはる御人(おひと)や」
少しも退屈ではなかったと告げると、晴海はホッとしたようで世津と手を繋いでホテルまで戻った。夕食はホテルに付いているレストランで軽く食べて、部屋に戻る。
新婚旅行のつもりだったので、かなり良い部屋をとっていたが、スイートルームは窓からの景色も見事で、ダブルベッドは高級感溢れていた。オットマンのついたソファもあって、寛げる。
シャワーを順番に浴びて、バスローブでソファに腰掛けて世津は晴海にぺったりとくっ付いた。
「デザートは、はるさんがええんやけど」
「お、美味しく召し上がってください」
世津がシャワーから出るまで見ていたトルコのガイド雑誌をオットマンに置いた晴海の膝に、世津が乗り上がる。滑らかな褐色の首筋を撫でて、ちゅっと軽く口付けると、快感の予感に晴海が震えるのが分かる。
「明日は早いんやったな。無理させんようにせなあかんな」
「体力は、ある方ですよ」
答えた晴海の首筋に噛み付くと、甘い血の味が口に広がって、ぞくぞくと腰に熱が集まってくる。血を吸うのは吸血鬼にとっても快感を伴うが、伴侶にとってもそれは同じだった。蕩けるような目で世津の背中に腕を回し抱きしめる晴海の中心が、硬くなっているのが脚に当たった感触で分かる。
「ベッドに……」
促されて晴海の手を引いて世津はベッドまでエスコートした。口付けながら、シーツの上に晴海を横たえ、バスローブを乱してその豊かな胸を揉む。胸の尖りを摘んで捏ねていると、びくびくと晴海の体が跳ねた。
「すっかり俺好みになってしもうて」
「世津さんの、ものですからね」
荒い息の中でも笑っていうのが健気で可愛くて、世津は晴海の鎖骨を甘く食んだ。胸を揉みながらも、首筋から胸まで、丹念に吸い上げていく。肌の色が濃いので痕は目立たないが、世津の所有の証が晴海の体に刻まれていった。
脇腹に舌を這わせ、割れた腹筋にも口付けていると、焦れったいのか晴海が腰をくねらせる。まだ触れていないその中心は、すっかりと勃ち上がって雫を零していた。
「はるさん、ここもやけど、こっちも濡れるようになったやろ?」
「あっ!? ひぁっ!?」
中心を指で辿ってもっと下まで、双丘の狭間の奥に触れると、そこは滑りを帯びている。男性ならば本来は濡れない場所が、濡れるようになっているということは、晴海が世津の伴侶として、雌になっているということだ。
「こんなにいやらしい体で、俺しか知らんやなんて、興奮するわ」
女性はともかくとして、男性で晴海を抱いたのは世津だけだということは、初めての接合のときの慣れていない様子から分かっていた。後孔に指を差し込むと、期待するように内壁が締め付けてくる。
元来受け入れる場所ではないので、最低限痛みのないように拓いておこうとする世津の指にすら、晴海は嬌声をあげて感じていた。
脚を抱えて切っ先を宛てがうと、潤んだ目で世津を見上げる。
「キスを……」
「ん、はるさん、愛してる」
唇が色っぽくて好きだと言ってくれる晴海は、世津との口付けを好む。口付けながら押し入って最奥まで到達した瞬間、ぴしゃりと世津の腹が濡れる感触がした。
「入れただけでイったんか?」
「だって……あぁっ!? せつ、さ……あぁ!?」
絶頂したすぐの体を容赦なく揺さぶって責め立てると、晴海の中が引き絞るように世津を締め付ける。ガツガツと突き立てて、世津も晴海の最奥で白濁を散らした。
新婚旅行の熱い夜は更けていく。
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