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青い世界に憧れて 3
左岸晴海は30歳。大学に入るまでは海外を転々としていたが、それ以降は日本でずっと暮らしている。その年なのだから女性と付き合ったこともあるのだが、大抵の女性は晴海に呆れて離れて行った。
行きたい場所は大抵美術館か博物館か個展。作品を見ていると集中してしまって、一緒にいる相手のことなどすっかりと頭の中からなくなってしまう。その上、仕事が大好きで物作りを始めると何日も工房に篭って、寝るのも食べるのも忘れて美しいものを作り出すことだけに集中してしまう。
成田離婚という言葉があるが、世津とトルコに旅行するときに、帰ったら離婚を言い渡されないか、晴海は若干不安でもあった。見たことのない異国の地。そこで出会うものたち。それに晴海が集中しすぎて、世津に呆れられてしまわないか。
ブルーモスクは一日中解放されているが、祈りの場であるので、礼拝の時間は避けた方が良いとガイドに書かれていた。朝の8時から10時ならば大丈夫とのことなので、二時間あればゆっくり見られるだろうと、朝食は簡単に済ませて、晴海と世津はブルーモスクに行った。
入り口で靴を脱ぐようになっているので、持ってきた靴袋に入れて、中に入る。
入った瞬間に壁から天井まで描かれた緻密な模様に、晴海は息を飲んでいた。一番大きなドームには青いサークルや帯が描かれて、その上に金色のアラビア文字が描かれている。
植物の装飾もだが、文字というものがこんなにも美しく壁を飾るものだとは思わず、晴海はその様子に圧倒された。壁も、天井も、隅から隅まで見て回る。
ブルーモスクの名前の由来となっている260あまりの窓は青を基調としたステンドグラスで飾られて、その周囲には今ではもう作ることのできない青いタイルが二万枚あまり貼られている。窓を通る朝日がタイルの青さを強調する姿に、晴海は呆然と立ち尽くした。
喋ることもせず、ただ世津と手を繋いで、ブルーモスクを歩き回って見て回った二時間。気が付けば世津とブルーモスクの前の広い整えられた庭園に出ていた。
「凄かったです……あの天井の青いサークル、そこに描かれた金色のアラビア文字、神の威厳を示す言葉が描かれてると言われていますが、あれだけ美しかったら、俺も神を信じる気持ちになるかもしれない」
「はるさん、ずっとお目々がキラキラしてたで」
「ステンドグラスも素晴らしくて。あの青いイズニックタイルは原材料の枯渇で現在ではもう作れないとか。あんなに美しいものがもう二度と作れない……見に来て良かったです」
もう作れないものを見るためには、それがある場所に行かなければいけない。そのことは分かっていたが、いざ目にするとあまりの美しさに圧倒された晴海。ずっと握っていた世津の手を握り締めて、熱く語るのを世津はにこにこして聞いてくれる。
「す、すみません、俺、夢中になってしまって。退屈じゃありませんでしたか?」
「ほんまにはるさんは、ここに来たかったんやなぁってよく分かったわ。こんな嬉しそうなはるさんのお顔が見られるんやったら、きて良かった」
「しかも、モスクでは何も喋らなくて、出たら俺しか喋ってないし!」
「そんだけ興奮したんやろ? 俺もはるさんが感動できる場所に連れてきてもらって、ものすごく嬉しかったわ」
理解ある伴侶の言葉に、晴海はありがたくて涙が出そうになった。
その先の予定は決めていなかったが、世津がしばらく町歩きをして、トルコの町を見て回ってから、昼食後に提案したのは意外なことだった。
「ここからすぐみたいやし、アヤソフィアに行かへん?」
アヤソフィアは東ローマ帝国時代に建設されたキリスト教の大聖堂で、聖書の一節が煌びやかなモザイク画として描かれていることで有名な美術館だ。
「良いんですか? ブルーモスクも俺が行きたいから行ったのに」
モザイク画を見たいとは思っていたが、今回の旅行の本命はブルーモスク。それ以外は世津の好みに合わせようと思っていただけに、晴海は世津の提案に驚いていた。食器のお店を見たときも、タイルのお店を見たときも、ブルーモスクでも、晴海は集中しすぎて、世津を置いて行ってしまったような罪悪感を覚えていたのだ。それなのに、世津は晴海の好みの場所に行こうと言ってくれる。
「モザイク画って写真で見たことあるけど、本物は見たことないわ。だって、教会の壁を持ってきて展示するわけにはいかんやろ?」
せっかく現地に来たのだから本物を見ておこうという世津を、晴海は思わず抱きしめてしまう。
「ありがとうございます。本当は行きたかったけど、世津さんが退屈なんじゃないかと思って遠慮してました」
「夫婦の間に遠慮はいらへんのやで」
抱き締められて嬉しそうににこにこと笑って、世津も抱き締め返してくれた。
手を繋いで行ったアヤソフィアに、まず、晴海はその大きさに圧倒された。一時期トルコに占領されて、漆喰で塗りつぶされたというモザイク画も、漆喰が剥がされて歴史を感じさせる趣で存在している。
偶像崇拝を認めないイスラム教の模様と、キリスト教のモザイク画が共存する世界に、晴海はどっぷりと浸かって夕方までそこを見て回っていた。その間も、世津は一度も晴海の手を離さず、そばにいてくれた。
「まさか、アヤソフィアまで見られるなんて……ありがとうございます」
「じっくり楽しめたみたいで良かったわ」
夕食のレストランは近くの店に入ったが、幾つかの単語が分かる晴海が、英語やその他の覚えている言語とジェスチャー混じりに注文すれば、肉団子のようなものや、煮野菜のようなものが出て、デザートはトルココーヒーと甘い砂糖まみれのお菓子だった。
現地のものを食べるのも晴海は慣れているから平気だが、世津はどうかと思ったが、楽しんでいるようで安心する。
ホテルに帰ると、その日は世津が先にシャワーを浴びて、入れ違いで晴海がシャワーを浴びた。広いソファに座っている世津の隣りに座ると、膝の上にゴロンと上半身を乗せてくる。晴海の身長が195センチを超えるくらいで、世津の身長が175センチ程度で細身なので、膝の上に上半身を預けられてもそれほど重さは感じない。
「今日もはるさんが飛び切り可愛かったわ」
「俺みたいなのは可愛いじゃなくて、厳ついとか、ゴツいとかいうんですよ」
「いや、はるさんは可愛い!」
「ゴリラです!」
言い合ってから顔を見合わせて笑う。引き寄せられて口付けて、晴海は目を伏せた。
「ベッドに……」
「積極的やね」
「世津さんの愛を感じたので」
こんなに自分のことを大事に思ってくれて、愛してくれる相手はいない。成田離婚どころか、世津に対しての晴海の愛情は深まるばかりだった。シーツの上に横たえられて、自ら脚を開いてみせる。
「愛してる……はるさんのことが、誰よりも好きや」
口付けて、首筋に噛み付かれて、恍惚とした快感に奥が濡れて胎が世津を求める。すっかりと晴海は世津の雌になっていた。そのことが少しも嫌ではない。
丹念に胸を揉まれ、胸の尖りを捏ねられて、待ちきれないように後孔がひくつく。それを分かっていながら焦らす世津の意地悪なところにも、胸が高鳴って胎が疼く。
「もう、欲しい……です」
「このままやったら、はるさん、キツいやろ?」
拓いてみせて?
世津のおねだりに、晴海は自分の後孔に指を差し入れた。既に濡れているそこは、すんなりと指を受け入れる。ぐちぐちと音を立てながら拓いていくが、そこが求める熱は、指などでは到底足りない。
「せつさんがぁっ、せつさんが、ほしいです……」
泣くように強請ると、胸の真ん中、心臓の上にキスが落とされて、世津の手が晴海の膝裏に差し込まれる。腰が浮くほど脚を曲げられて、深くまで世津を受け入れて、晴海は快感に喘いでいた。晴海の中心からはとろとろと白濁が溢れ、奥にはたっぷりと世津の白濁が注ぎ込まれる。
泡立つほどにかき混ぜられて、たっぷりと注がれて、晴海は満たされて意識を失った。
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