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新しい家族 4
出会ったのはまだ冬の終わっていない頃だった。
基本的に、晴海は人間同士など分かり合えると思っていない。自分の好きなことに集中できて、誰ともいがみ合わずに、一人静かに暮らしていければいいと考えていた。陶磁器を始めとする美しいものに出会うと、周囲を完全に見失って自分だけの世界に入ってしまう晴海は、人付き合いや恋愛に向いているとはいえない。
それを覆して、晴海を家族の輪に入れてくれたのが世津だった。
呆れられて成田離婚も覚悟したトルコ旅行でも、世津は晴海が美しいものに見惚れているのをじっと隣りで見ていてくれた。
一生一緒にいられるひとかもしれない。
そんな相手の子どもを身ごもったのは、晴海にとっては、男性の自分に子どもができるという天地がひっくり返ったような驚きはあったが、喜びも大きかった。
季節は夏になっていた。
同居を決めた威月と真和と真那の引越しも無事に終わって、当番での家事や保育園のお迎えのローテーションもうまくいくようになってきて、晴海の生活は落ち着いていた。定期検診で見たエコーの赤ん坊は、まだ豆粒のようだったが、確かに生きていることを実感させられる。
それが少しずつ大きくなっているのだが、晴海の体が元から大きいのでお腹は目立ってはいなかった。ただ、お腹にもう一人分の体温を抱えている状態なので、やたらと暑い。
「仕事はしばらく少なめにした方がええんやないかなぁ。俺、頑張ってはるさんの分も稼ぐから」
心配してくれる世津は、晴海が窯で陶磁器の焼きの作業に入るときに、部屋がどうしても暑くなるのが気がかりのようだった。汗だくでシャワーを浴びてリビングに出てきた晴海に、昼食をテーブルに並べてくれながら世津が言う。
「今焼いてるのが冷えたら、しばらく絵付けの方に集中しましょうかね」
デザインを決めかねているものもあるから、新しい絵柄を考えるのも悪くはない。器だけ外注して絵付けをするのも、前に賞を取ってから依頼が来ていた。
「集中しすぎて、水分補給忘れたり、じっとしすぎて脚が浮腫んだりせぇへんか、心配やわ」
パリパリといい音をさせて、糠漬けを食みながら晴海は、「気を付けます」とばかりに頷いた。食べ悪阻なのか、空腹で気分が悪くなる晴海は、少量ずつを小まめに食べている。午後の作業には、世津がおにぎりとお漬け物のお弁当を持たせてくれた。
途中で水分補給と栄養補給をしつつ、仕事を終えて工房から戻ると、世津が子どもたちを保育園から連れて帰ってきたところだった。
「ただいまなのです、はるさん」
「まお、いーこらったよ」
「たらま!」
子どもの成長は早いもので、出会ったときには威月に抱っこされていた真那が、かなり歩けるようになって、しかも言葉が出るようになっている。
「お帰りなさい、暑かったでしょ。麦茶飲むひとー?」
「はーい!」
「あーい!」
「ちゃ!」
小さなお手手が三つ上がって、ついでに世津も手をあげる。
「俺ももらってええかな?」
「もちろんですよ。暑い中お疲れ様でした」
全員でソファに座って、冷蔵庫から出した冷えた麦茶で一息つく。夕飯まで遊びだした千都と真和と真那と、左岸家の方からキッチンに来て晩ご飯を作り始める衛陸の姿を眺めていると、隣りに座った世津がこてんと肩に頭を乗せた。
「来年の春には、俺らの赤さんもここに加わってるんやと思うと、楽しみやわ」
そのためにもはるさんには、体を大事にしてもらわな。
言われて晴海はちょっと不本意そうに眉を顰める。
「俺、そんなに柔じゃないですよ」
「分かってるけど、何が起こるか分からんのが出産やから」
威月の話では、真那の母親は出産のときに母子ともに死にかけて、それ以来ずっと療養生活を送っていると言う。
「気を付けます」
まだ目立たない腹筋の割れた腹を摩る晴海の手に、世津の手が重なった。
その日の夕飯はサッパリとした冷製パスタで、細麺のそれをちゅるちゅると子どもたちも喜んで食べていた。食後に、子どもたちをお風呂に入れる前に、衛陸から重大発表がある。
「うちの両親が日本に戻ってくるのよ。さっきメールで連絡が入って、はるちゃんにも伝えておいてって言われたの」
晴海と世津が付き合っていることも、家を改築して繋げたことも、メールで報告はしていたが、詳細までは伝えていない。
「帰ってくるんだ……どうしよう、エリちゃん、奈帆人くんのこと、話した?」
「話してないのよ……奈帆人さん、まだ未成年だし」
珍しく曇った表情で話す双子に、世津と奈帆人が顔を見合わせる。
「もしかして、吸血鬼だってことも、言ってないとか?」
兄弟が言えなかったことをさらりと威月が口にして、晴海と衛陸は気まずく視線を彷徨わせ始めた。
「そうやな……吸血鬼やなんて、俄かには信じられへんよな」
「いややぁー! エリさんと別れたないー!」
難しい顔になる世津と、泣きながら衛陸に縋り付く奈帆人に、晴海と衛陸が口にしたのは、全く違う理由だった。
「世津さんが吸血鬼だって話せなかったのは、悪い意味じゃないんです」
「むしろ、困るのは会ったときのうちの両親のテンションだと思うわぁ」
世界中を転々として、人外の奇譚について蒐集して研究している両親である。ルーマニアでの吸血鬼伝説を蒐集していたときのテンションは、ものすごく高かったという。
「それが、本物の吸血鬼と息子たちが結婚して、一人は子どもまでできて……」
「しかも、真祖様と同居してるのよ。真和くん、真那くんはワーキャットだし……」
囲まれて取材地獄に合うかもしれない。それを晴海と衛陸は心配しているようだった。
話を聞いて、威月は真和を抱っこしてにこやかに答える。
「舞台の取材で慣れてるから、質問とか、俺に回してくれたら良いよ。たくさんお世話になってるし、俺が一番長く生きてるから、それくらいは任せて」
「し、しししし、真祖様に、ええんか!?」
「真祖様は、もう、千都ちゃんに譲るつもりなんだけどなぁ」
ほえほえと微笑んでいる威月が、スーパーで特売に群がる人の群れに勝てないとしても、長く真祖を続けてきたことは確かで、震える奈帆人に、衛陸と晴海も「いいんですか?」と問いかけていた。
「大抵のことじゃ驚くどころか、大喜びしてテンションあがっちゃう両親だけど、俺の妊娠は驚くよね……」
「はるさん、そのことについては、俺からきちんと説明させてください」
表情を引き締めた世津に、晴海がふわりと柔らかく微笑む。
「はい、世津さん。頼りにしてます」
出会ってから半年程度、新婚旅行は行ったが、まだ式も挙げていない。
それでも、世津と晴海が運命で、夫婦であることには違いない。
トルコ旅行で、このひととならばずっと一緒にいられるかもしれないと晴海は感じた。それが間違いではなかったことを、実感するのだった。
数日後に帰国した晴海と衛陸の両親を、晴海と衛陸の双子、世津と奈帆人と千都の兄弟、威月、真和と真那の全員で迎える。大所帯で暮らしていることは聞いていたが、その数に両親は驚いていたようだった。
「はるちゃんのお相手が、こちらの世津さん?」
「エリちゃんは、奈帆人くんとお付き合いしてるのね」
確認されて、世津と奈帆人に緊張が走る。
「晴海さんとは、真面目にお付き合いしていて、結婚もするつもりです。晴海さんのお腹には、俺の赤さんがおりまして……」
「せっちゃん、落ち着いて。まだその説明してないやろ?」
「あ、えっと、俺らは吸血鬼ですねん」
吸血鬼が運命の相手を同じだけの寿命を生きるようにできること、同性同士で子どもが作れることなど、説明不足な点を奈帆人もテンパっていて、上手に言えないのに、威月がさりげなく助け舟を出してくれる。
「吸血鬼のことについて聞きたければ、俺にどうぞ。世津さんと奈帆人さんには、晴海さんと衛陸さんとの仲のことを聞いてあげてください」
「吸血鬼でも、なんでも構わないよ、はるちゃんとエリちゃんが幸せなら」
「同性の結婚なんて、昨今は珍しくもないものね」
世界各国を回っているだけあって、晴海と衛陸の両親は同性婚に理解があった。
「その代わり、吸血鬼の実態について、詳しく聞かせてね」
その質問ぜめは威月が引き受けてくれて、世津と奈帆人は晴海と衛陸の膝に崩れ落ちる。
数日間だけ日本にいて、二人は慌ただしくまた海外に行ってしまった。
「あんなでも、ちゃんと真祖様なんやな……」
両親に対応してくれた威月が、普段の生活ではかなり抜けていることを知っている世津がしみじみ言うのに、晴海がその髪を撫でる。
「世津さんも、カッコ良かったですよ」
何も隠すことなく、孫が生まれたら紹介できるようになった。
晴海にとっては、そのことが何よりも嬉しかった。
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