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新しい家族 5
保育園で外遊びの時間に作った泥団子を隠しておいて、威月が来たら見せるつもりだった真和は、自信満々で迎えに来た威月の手を引いて隠し場所まで連れて行った。
しかし、それは乾いて崩れてしまっていた。
「いちゃしゃ、きれーなまんまるだったのよ?」
「真和くん頑張ったんだね」
「いちゅしゃにみせたかったなぁ……」
がっくりと気落ちしてしまった真和だが、家に帰ってあることに気付いて、一人だけで行くのは緊張するので、千都と真那を連れて、晴海の工房の扉を叩いた。本当は仕事中は邪魔をしてはいけないと分かっているのだが、どうしても晴海にお願いがあったのだ。
「はるしゃ、まんまる、つるつる、おだんご、ちゅくりたいの」
「おしごとちゅうに、ごめんなさいなのです、はるさん」
「ちゅるちゅる!」
小さな訪問者三人を、晴海は作業の手を止めて招いてくれた。
「ピカピカの泥団子が作りたいんだね」
「そうなの! まお、よっちゅ! もうちゅくれる!」
この夏に4歳になった真和と2歳になった真那。まだ喋りは幼いし、真和は体も小さいが、威月にピカピカの泥団子を作りたいという思いだけは本物だった。
「ちづも、まなくんとつくりたいのです」
「粘土質の山土があるから、やってみようか」
晴海の仕事が一区切りつくまで待って、真和と千都と真那は、工房で土に触らせてもらった。
「まず、水分の多い、どろどろの土を手でぎゅって絞って、芯にしようね」
「ぎゅっ! する!」
教えてもらった通りに、水分の多い土を小さな両手で絞って丸めて芯を作る。真和は一人で、真那は千都といっしょに作る。
「次はサラサラの土を上からかけていこうか」
「さらさらー」
「きれいなまるに、ならないのです」
形を整えながら乾いたサラサラの土を何度もかけて、濡れた表面に定着させていく。外遊び大好きな真和は順調だが、泥団子作り初心者の千都と真那は苦戦しているようだった。
「はるしゃ、しゅごいの……」
大きな晴海の手には大きな泥団子が作られていて、真和はお目目を丸くした。さらさらの土がある程度定着すると、晴海が手の平を広げて見せる。
「お手手で、土を擦ってみて」
「あい!」
言われた通りに真和が手で土を擦ると、細かな土の粒子が手の平についた。
「その手で、そーっと泥団子を磨いてみようか」
何度も土を手で擦っては、その手で泥団子を磨く。そうしているうちに、泥団子は真っ黒でピカピカに輝いてきた。
「しゅごい……はるしゃ、ありがと!」
「ちづにも、できたのです。あ、まなくん、おくちにいれてはいけません」
「う?」
ピカピカになったのが美味しそうに見えたのか、口に運ぼうとする真那を止めて、千都が威月を呼びに行ってくれた。やってきた威月に、出来上がったピカピカの泥団子を見せる。
「はるしゃ、おしぇーてくれたの! ちゃんと、まんまる、ぴかぴかよ」
「凄いね。晴海さん、俺にも教えてくれる?」
こうして、威月も加わって、晴海の工房で晩御飯まで泥団子作りは続いた。
出来上がった泥団子を見せられて、世津は感心していたが、それはともかくとして、晴海にひそひそと問いかける。
「仕事、良かったんか?」
「一日くらいいいですよ。俺も小さい頃いっぱい作りましたから、懐かしかったです」
「はるさん、良妻や……いいお嫁さんすぎる!」
悶える世津を横目に、泥だらけになって泥団子作りにエキサイトしていた威月が、真和と真那と千都をお風呂に入れて出てきた。保育園から帰った後も工房で泥団子作りをして、遊び疲れた真和と真那と千都は、晩御飯を食べているときからウトウトと眠りかかっていて、食べ終わって歯磨きをするとすぐに眠ってしまった。
大人だけの時間ができて、食事の後片付けをした衛陸と奈帆人が左岸の家に戻って、威月が晴海と世津に梅昆布茶を淹れてくれる。
「今日はありがとうねぇ。真和くんも真那くんも、すごく楽しかったみたいだし、俺も童心に返って楽しんだよ」
ぬるめの梅昆布茶を飲みながら礼を言われて、晴海が人の良い笑顔を浮かべる。
「赤ちゃんが生まれたら、きっと威月さんにはたくさんお世話になりますから、お礼はそのときにお願いします」
産んではいないとはいえ、威月は真那が生まれてすぐからお世話をしていた。生後すぐの乳児に触れたことのない晴海にとっては、先輩のようなものだった。
「俺もちぃちゃんのお世話、小さい頃からしとったから、安心してや」
「赤ちゃんのことなんですけどね……」
そういえばと、晴海は一番最近の定期検診で言われたことを口にする。エコー検査で、赤ん坊の姿がかなり見えるようにはなってきたのだが、医者が気になることを言ったのだ。
「正確には言えないけど、時々、ひとじゃない姿を取ってる可能性があるって言われたんですよね」
そう言われたときに、晴海の脳裏に浮かんだのは、何かあるとすぐに蝙蝠の姿になってしまう奈帆人のことだった。話を聞いて、世津もそれに思い至ったようだ。
「蝙蝠になりやすい子なんかもしれへんな。大丈夫や、奈帆人のときで慣れとる」
「吸血鬼だってバレないように育てていかないといけないかもしれませんね」
「俺も千都ちゃんもいるし、大丈夫だよ」
真祖と真祖を譲られるだけの能力を持った千都がこの家にはいる。昔、奈帆人が普通の人間の前で怯えて蝙蝠になってしまったようなことが起きても、事後処理に当たれる人物は世津、威月、千都と三人もいた。
「そのときはよろしくお願いします。俺は、赤ちゃんに触るのから初めてだから、色々教えてくださいね」
「真那くんのときはどうだったか、一生懸命であまり覚えてないけど、産まれたら思い出すと思うから、頼りにしてよ」
「全然頼りにならへん答えや……」
ふわふわと微笑む威月に、突っ込まずにはいられない世津だった。
夏休みは奈帆人は自動車学校に通って、免許を取るために頑張っている。保育園はお盆以外は開いているし、晴海も世津も威月も衛陸も仕事なので、休みの日以外は子どもたちは保育園に通っていた。
「まおね、はるしゃにおしえてもらった、おだんご、みんなにおしえたら、しゅごいねっていわれたの」
「おらんご、ちゅるちゅる!」
「ちづも、まなくんといっしょにつくっているのですよ」
外遊びのときに真那のクラスと一緒になると、千都は真那と泥団子を作っているらしい。
「はるしゃ、しゅごーいの」
晴海が真和に教えてから、保育園では泥団子ブームが来ているらしく、真和と千都と真那がそれを引っ張っているとお迎えのときに先生から聞かされて、晴海は「子どもたちが喜んでくれるなら良かったです」と答えておいた。
「うちの庭にテラスを作ろうかしら。はるちゃんの赤ちゃんが生まれたら、遊べるかもしれないでしょう」
季節が秋になる頃には、衛陸は生まれてくる晴海の赤ん坊のために、趣味で整えている庭にテラスを作る計画を立てていた。長身で体も大きいので晴海のお腹は目立たないが、確かにそこで赤ん坊が育っている。
「はるしゃのあかちゃん、うまれたら、まお、おだんごちゅくってあげるね」
「まなも!」
「ちづは、だっこしてあげます」
子どもたちも子どもたちなりに、晴海の出産を心待ちにしている。
「来年の始めには生まれる予定だから、よろしくね」
伴侶になったとはいえ、人間と吸血鬼の混血なので、ひとではない姿をとっている可能性もあるので、出産予定日がきっちりと定まってはいない。いつ産まれるか分からない不安はあったが、出産が家族全員に心待ちにされていることが、晴海には嬉しく心強かった。
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