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3.Prince and Princess

 フェリアは実家にいた頃から犬と猫を飼っていた。  手足の長い、長毛のボルゾイという種類の犬を飼ったのは、近所で飼われていたボルゾイが家族が引越しをするときに連れていけなくなって処分されると聞いて、兄たちに泣き付いて、母にお願いしたのだ。  その前の年に大型のラグドールという猫を飼っていたので、母は簡単には頷いてくれなかった。 「その犬はとても大きいから、老犬になったら介護が必要になる」 「なんでもする」 「運動も必要で、散歩に時間を割かれるだろう」 「おれがする」  全部の面倒をフェリアが見ることを誓えば、仕方なく母もそのボルゾイを飼ってくれた。フェリアの家に来た時点で六歳だったボルゾイは、前の飼い主が躾を気にかけていなかったせいか、暴れん坊だったが、フェリアが落ち着いて接すれば大人しい穏やかで少し臆病なボルゾイの性格がよく出たいい子だった。  毛皮の色はブラウンで、滑らかな長毛でとても美しいボルゾイを、フェリアは「プリンス」と呼んでいた。  溺愛しているラグドール……こちらもフェリアがお願いして飼ってもらったのだが、その猫が「プリンセス」と呼ばれていたので、対にしたのだ。  母は動物に興味のないひとで、プリンスの面倒もプリンセスの面倒もフェリアに任せていたが、フェリアはプリンスが老犬になった後で、介護までちゃんとして看取った。  フェリアが七歳でもらってきたプリンスは十五歳で、フェリアが十六歳のときに静かに亡くなった。  最後はオムツをはかせて、食事も口まで運んで、体も壊して毎日フェリアが獣医から習って注射もしていたが、ある朝起きてきたら、自分で這うようにしてフェリアの元に来た。  フェリアが抱き締めると、フェリアの鼻先を舐めて、そのままフェリアの腕の中で身体を痙攣させて動かなくなった。  最後の一瞬まで一緒にいられたことは幸せだったが、フェリアはそれ以降犬を飼えずにいる。  ラグドールのプリンセスは、プリンスが死んでから一週間ほどは食欲がなくて、禿げもできた。プリンスとはお互いに舐め合うくらいに仲がよくて、べったりとくっ付いていたのでショックだったのだろう。  フェリアが警察学校に行っている間は母がプリンセスの面倒を見てくれていたが、今はフェリアのマンションにプリンセスは一緒に暮らしている。  もう二十歳を超えるのだが、衰えはあるが餌もよく食べるし、水も飲んでいる。帰れないときのために自動給餌器は置いてあるし、水も新鮮なものが出る機械を置いてある。  モニターも設置して、定期的に様子も見ている。  残業はすることがあるが、フェリアが警察ラボに泊まらないのは、プリンセスの存在があるからだった。  白い毛に顔と耳と四肢の先端だけブラウンのプリンセスは水色の目でお人形のように可愛い。ふかふかの長い毛は柔らかく滑らかだ。  可愛いプリンセスの様子を携帯端末で確認する。モニターにはプリンセスが時々そこを覗く様子が映されている。プリンセスは賢いので、そこを見ると飼い主のフェリアに通じると分かっているのだ。健康状態は問題なさそうで、餌の減り方もいつもと変わらなかったのでフェリアは安心して午後の仕事に戻った。  警察学校の寮で殺された男子生徒の部屋から出た毛髪は、黒く長いものだった。DNAの鑑定で女性のものだと分かっている。  それならば女性が男子生徒を殺したのか。  男子生徒はこれまでも表立っていないが女子生徒を襲ってレイプした前歴がありそうではある。カイという警察学校の生徒が助けていた女子生徒の誘い方も、空き部屋に連れ込む方法も慣れていた。  警察学校では女子生徒も強さを求められる。警察官になれば性別は関係なく、凶悪犯に立ち向かわなければいけないのだ。  そんな状況で男子生徒の甘い言葉に乗ってレイプされたとあれば、警察官志願者として適性を問われる事態になりかねない。  実際にはレイプは犯罪で、加害者の方が確実に悪いのだが、冷静に考えられなくなっている被害者はそのことを隠そうとするかもしれない。  あり得ない話ではなかった。  ただ、フェリアには引っかかることがあった。  一度押さえ込まれて被害者となった女性が、その加害者である男性と二人きりになることができるのか。  そして、胸を一突きで殺しているが、腕力の違う女性と男性という間柄で、男性の方が油断したとしても、簡単に殺されるのか。 「あの髪の毛が有力な証拠になるとは思うんだが、犯人が女性とは短絡的に考えたくない」  フェリアの発言に、同じラボのパーシヴァルがDNA検査の結果を見て首を傾げる。 「本気で殺す気なら、女性でも容赦しなければできると思うんだけどな。特に警察学校で訓練を受けた女性ならば」 「これまで隠していたのに、事件が表沙汰になることになる。それでもやるか?」 「それだけ恨みは深いってことだよ。さ、ガーディア、現場に戻らなきゃ」  促されて、フェリアは検査キットを鞄に詰めて警察学校に戻ることにした。パーシヴァルも一緒だ。警察ラボは基本的に二人組で行動しなければいけなくて、フェリアの相棒はほとんどの場合パーシヴァルが引き受けてくれた。  パーシヴァルだけでなくて、警察ラボの人間はフェリアの体のことについて知っている。知った上で、フェリアという中途半端な人間をサポートしてくれると手を挙げたのがパーシヴァルだった。 「パーシー、女子寮に聞き込みに行こう」 「できればDNA採取も行いたいね」 「楽しい楽しいDNA採取ー! みんなに拒まれるDNA採取ー!」  歌うようにフェリアが運転しながら言えば、パーシヴァルが苦笑する。 「任意だと相手の意思に委ねられるからね」 「令状が欲しいもんだ」 「簡単に判事は令状を出さないって」  よよと嘆く演技をするパーシヴァルに、フェリアは歌いながら警察学校に車を向かわせた。駐車場で車を降りると、昨日カイが助けたという女子生徒が近付いてくる。  その女子生徒はブルネットの髪をしていた。 「DNAを採取させてくれる?」  挨拶も何もなくフェリアが言ったのに、女子生徒は大人しく従う。  口を開けさせて綿棒で頬の内側を拭って検査キットを保管すると、女子生徒はフェリアに情報をくれた。 「昨日の夜、女子寮を抜け出した子がいたのを見たんです。女子寮は警備が敷かれているけれど、抜け出せるポイントが何点かあって、私はあんな事件があった後だから、落ち着きたくて夜にベランダに出たら、女子生徒が寮を抜け出していました」 「何時ごろの話かな?」 「二十三時ごろだと思います」 「その女子生徒の髪の色とか、特徴は分かる?」 「黒髪だった気がしますが、暗かったのでそれ以上は見えません」  DNA採取にも快く応じてくれたし、情報もくれた。その女子生徒はカイに恩義を感じているのだろう。 「私を助けてくれたひとの嫌疑を晴らしてください」 「俺もそいつが犯人じゃないと思ってる。できるだけのことはする」  約束をして、フェリアとパーシヴァルは女子生徒がいる女子寮に行った。  普段はこの時間は授業があっているのだが、昨夜の殺人事件のせいで生徒は全員寮の部屋に待機するように教官に命じられていた。  フェリアとパーシヴァルが警察ラボのバッヂを見せて中に入ると、教官が補佐に入ってくれる。 「黒髪、ブルネット、ブラウンヘア、その辺の暗い髪色の女子生徒から話を聞きたい。昨日襲われた女子生徒からはもう話は聞いた」  寮に待機を求められているのならば、彼女も情報を伝えるために寮から抜け出したのだろう。  フェリアが待っていると教官が六人の女子生徒を連れて来た。  黒髪、ブルネット、ブラウンヘア、確かに条件は合う。 「全員、DNAを採取させてほしい。その後で、昨夜の行動を知りたい」  フェリアの申し出に女子生徒たちの表情が硬くなった気がした。

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