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6.事件の真相
カウンセリングが必要かと問われれば、全く必要ない。
自分と喧嘩をした上級生が亡くなったことに対して、カイは何人もの女子生徒を襲っていたのだとしたら自業自得だと思うし、軽蔑することはあってもショックを受けたことはなかった。
ただ、フェリアともう一度話す機会が欲しかった。
カウンセリングをして欲しいのではないかとフェリアが言ったとき、カイは繊細な傷付きやすい二十一歳の青年を演じた。心の底から思っていることではないので、薄っぺらくて胡散臭くなっていないか心配だったが、フェリアは騙されてくれた。
手に入れた連絡先を手に、カイは携帯端末を持ったままにやけていた。
次の日には授業は再開されていた。
授業中にフェリアが男子寮に入って監視カメラの映像をもらっていくのかと思うと、会えないことが悔しかったが、警察官になりたいのは確かなので我慢して授業を受ける。
授業の休み時間に、カイは教官に呼び出された。
「警察ラボの方が話を聞きたいそうだ」
フェリアだと喜んで行くと、そこに透けるような淡い金色の髪にエメラルドグリーンの瞳、びっしりと生えた長い睫毛の美しいひとがいて、カイは飛び上がって喜びそうな自分をぐっと抑えた。
「事件が解決したら、彼にはカウンセリングが必要だと思います。警察学校に通っているとはいえ、自分が関わった人物が殺されるという事件に巻き込まれたわけです。通常の警察官でもカウンセリングの予約を取っているはずです」
「だ、そうだ。カイ・ロッドウェル、どうする?」
「カウンセリングを受けます」
心の中でガッツポーズをしながらカイは答えた。
こんなにお人好しで優しくて警察官としてやっていけるのだろうか。心配になってくるが、後一年と少しすればカイも警察官になる。カイが付きっきりで守ればいいだけだ。
「フェリア・ガーディアだ。特例として認めてもらうから、警察ラボに来たときにはこのカードを見せて」
「ガーディア、まだその子が犯人じゃないと決まったわけじゃないんだよ」
「犯人だったら、俺はこの子を弁護するかもしれない」
「あー……まぁ、確かにな」
付き添っているくすんだ金色のトウモロコシのような髪をしたそばかすの男性が、顔を顰めている。
殺された男子生徒の新しい情報が出たのだろうか。
聞きたかったが、捜査情報は機密になっているとカイも理解しているので、気軽に聞くことはできない。
「監視カメラの映像はどうだったんですか?」
「ラボに持ち帰って解析するまでは何とも言えないな」
「残念だけど、君に話せることはないんだよ」
フェリアももう一人の警察ラボの職員も、カイに情報をくれそうになさそうだった。
ため息をついていると、フェリアが一つだけ教えてくれる。
「画像の中に女性の姿はなかった」
監視カメラに映らない場所を通って来ることは可能だが、男子寮というよく知らない場所でそれができるかと言えば非常に難しい。女性の姿がなかったとすれば女子生徒が容疑者から外れる可能性は高いということだ。
「いいのか、ガーディア」
「これくらいはいいだろう」
軽く笑ってフェリアがもう一人の警察ラボ職員と一緒に部屋から出ていくのをカイは大人しく見送った。
「カイ・ロッドウェル……カウンセリングが必要なくらい、傷付いていたのか!?」
「え!? あ、はい。自分でも気付かないうちに、ひとはストレスをためるもので……」
「私にも相談してくれていいからな」
教官にものすごく心配されてしまったのは、カイが日常的に非常にドライで、射撃の授業でも非常に冷静で、体術の授業でも落ち着いて相手を叩きのめしていた印象しかないからだろう。
まさかカイがカウンセリングを必要とすることなどない。教官もそう思っていたようだ。
「お前は大事な生徒の一人だ。悩み事があるなら、いつでも来ていい。話したいことがあるなら聞く」
フェリアに会いたいだけの下心だったのに、厳つい教官にまで心配されて親切にされて、カイは愛想笑いでその場を切り抜けた。
警察学校の男子寮の監視カメラで確認した限り、女子生徒の姿はなかった。気になるのは、殺された男子生徒の部屋に行こうとしている男子生徒の姿が映っていたことだ。
生徒のプライバシーのために廊下にだけ監視カメラがあるのだが、十字路になっている廊下を真っすぐ歩いて行く一人の男子生徒の手には、紙袋があった。その廊下の先には殺された男子生徒の部屋を含む数部屋がある。
「もうちょっとカメラの映像を鮮明にして。この紙袋、なんて書いてある?」
「うーん……男子寮近くのサンドイッチショップのロゴが描かれてるな」
「これ、殺された男子生徒の胃袋から出たホットドッグとコーラじゃないか?」
モニターに映された映像を解析している間に、フェリアとパーシヴァルは警察学校の男子寮近くのサンドイッチショップに聞き込みに行った。
サンドイッチショップの店員は、供述する。
「夜中の二十三時過ぎ頃ですか? よくここには寮から抜け出した生徒が来るんですが、男子生徒と女子生徒が待ち合わせをしていたようでした」
「監視カメラは?」
「入口に一台あります」
「映像をもらえるか?」
「すぐに店長に確認します」
サンドイッチショップの監視カメラの映像を手に入れて、寮の監視カメラの映像と照合すると、女子寮から抜け出そうとした女子生徒と、男子寮で殺された男子生徒の部屋に行こうとしていた男子生徒の姿が映っていた。
「この女子生徒に頼まれて、この男子生徒は殺された男子生徒の部屋に向かったってことか?」
「夕飯抜きなら、差し入れがあれば扉を開ける気になるよな」
「一つ、引っかかっているんだが、殺された男子生徒の携帯端末が見付かってない」
このご時世携帯端末を持たない若者はいない。部屋を探しても、警察学校を探しても、殺された男子生徒の携帯端末は見付からなかった。
殺された男子生徒が携帯端末を持っているということは、他の生徒から聞いて分かっている。
「警察学校の男子生徒と、この防犯カメラの男子生徒の画像を照合しよう。この男子生徒が誰か突き止めるんだ」
モニターに映る画像と警察学校の生徒の記録を照合して、一人の男子生徒が浮かび上がった。
その男子生徒は、女子寮を抜け出した女子生徒の従弟だった。
令状を取ってその男子生徒の部屋を捜索すれば、凶器と思しき洗われたナイフと、血の付いたシャツと手袋が見付かった。洗面所やバスルームには洗い流したのだろうが、血液の反応が出ていた。
「君が、彼を殺したんだね?」
フェリアの問いかけに青ざめた表情の男子生徒は答えた。
「黙秘します」
警察署に連行されていく男子生徒を見送りながらも、フェリアは殺された男子生徒の携帯端末を探していた。どこかに携帯端末はある。
そこに動機があるのではないかと考えたのだ。
一番に考えられることは携帯端末を破壊して捨てることで、警察学校の裏のゴミ捨て場に入ってパーシヴァルと二人で臭いゴミにまみれながらゴミのコンテナを探せば、液晶画面がバキバキに割られた携帯端末が見付かった。
警察ラボに戻って、フェリアは携帯端末を分解してHDDを取り出してパソコンに繋いだ。
「|Oh my god!《なんてこったい》」
「これは間違いなく当たりだな」
「最悪の気分だ」
携帯端末には何枚もあられもない姿で暴行されている女子生徒の写真があった。片手で数えられる人数ではない。
「どっちからいく?」
「女子生徒から行こう」
パーシヴァルに問いかけられて、フェリアは胸糞悪くなりながら写真を印刷していた。
取調室で女子生徒は写真を見せられて、涙を零した。
「あいつにレイプされそうになって、服を脱がされて、必死に逃げました。ずっとあいつは笑いながら写真を撮っていて、後から、言うことを聞かないと写真をばらまくと言って脅して来たんです」
幸運にも殺された男子生徒に襲われた女子生徒がカイに助けられる事件があったが、それ以外にも殺された男子生徒には余罪が大量にあったのだ。
泣きながら女子生徒はフェリアに縋った。
「従弟に相談したら、データを消してもらって来るって言って……その後であんな事件が起きてしまって……」
サンドイッチショップで会ったときに、従弟に抱き付いたから、そのときに髪の毛が従弟の服についたのだろうと女子生徒は言っていた。確かに監視カメラにも男子生徒に縋り付く女子生徒の姿が映っていた。
「この写真と君の証言があれば、従弟の罪が軽くなるかもしれない。この写真を公開して、証言するつもりがあるか?」
「もちろん、あります。私のせいだから」
女子生徒の取調室から、フェリアとパーシヴァルは従弟の男子生徒の取調室に移っていた。
「彼を殺したのは、これが原因だな?」
写真を見せると、男子生徒はフェリアに取り縋る。
「それを表沙汰にしないでください。お願いです」
「彼女は君のために証言すると言っている。殺人罪は免れないが、刑が軽くなる可能性がある」
「彼女の経歴に傷がついてしまう。僕はいいんです」
「そういうわけにはいかない。真実は伝えなければいけない」
最終的に殺人を犯した男子生徒は、殺された男子生徒のやっていたことを考えれば情状酌量の余地があると判断されるだろう。
他の被害者も探し出して証言を求めなければいけなくなると思うと、陰鬱な気分になるフェリアだった。
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