7 / 30
7.プリンセスの死と一回目のカウンセリング
殺された男子生徒の被害者を写真から探せば、それだけではなかったことが分かってくる。写真が残っていなくても、殺された男子生徒は女子生徒や近隣の女性を襲っていた。
警察学校に入学する前からトラブルが絶えなかった様子だったが、それがエスカレートしたのは間違いないようだ。
被害者の中には証言を拒むものもいたが、従姉のために加害者の男子生徒を殺した男子生徒に共感して、証言をしてくれるという女性もたくさんいた。
それだけのことをしたのだから、殺された男子生徒にも非はある。フェリアが公正な司法の立場にいなければ、「死んで当然」「ブツが腐れ落ちろ」と言いたいところだが、殺人を擁護する立場に立つわけにはいかない。
フェリアにできるのは、抒情酌量の余地があると裁判官に思わせるだけの証拠を集めることだった。
証拠は嘘をつかない。
ひとは簡単に嘘を吐くし、言い逃れもする。思い違いもある。だが、証拠は嘘をつかないとだけ、フェリアは信じて来た。
証拠集めに奔走している間に、カイからのメッセージが入っていた。
カウンセリングの予約だったので、フェリアは都合のいい日を記入してメッセージを返す。メッセージが返って来て、二日後にカウンセリングということになった。
一応、カウンセラーの資格は持っているが、フェリアはそれが専門ではない。専門は警察ラボの捜査官だ。医者の資格も、カウンセラーの資格も、警察ラボの仕事に有利になるから取ったに過ぎない。
獣医の資格については、可愛いラグドールのプリンセスがいつ体調を崩すか分からないので取った。ボルゾイのプリンスも最後には体調を崩して、毎日注射が必要だった。
フェリアは獣医から注射の方法を聞いて、習って、プリンスが最後まで家で過ごせるように気を配った。
プリンセスが体を壊すようなことがあっても、フェリアは最後まで家で看取るつもりだった。
プリンセスは二十四歳で、肝臓の数値も落ちて来ていて、いつ寿命を迎えてもおかしくはない。
東方の言い伝えで、長く生きた猫は尻尾が二股に分かれて、人間よりも長い時間を生きる妖怪になると言われているが、フェリアはプリンセスがその妖怪になってくれることを願っていた。なれるはずがないのに、一日でも長く生きてくれることを願ってしまうのは、飼い主として当然のことだった。
その日、仕事から帰るとプリンセスの様子がおかしかった。
トイレを使った形跡がないし、餌も水も口をつけていない。
深夜まで開いている動物病院に連れて行って点滴をしてもらったが、獣医は重々しい口調でフェリアに告げた。
「今夜が峠でしょうね」
二十四年も生きたのだ。猫にしてみれば長い方だと言われるだろう。
それでも、フェリアはプリンセスを諦めきれなかった。
マンションに帰って夜明けまでプリンセスを抱き締めていたが、夜明けにプリンセスは息を引き取った。
覚悟していたことだったが、もう少し生きてもおかしくはないのではないかとずっと思い続けていたのでショックで、フェリアはその日は警察ラボに欠勤の連絡をした。
ペット用の火葬場を手配して、ふかふかのプリンセスの毛皮を撫でてプリンセス用の籠に入れて、火葬場まで連れて行った。火葬するときに好物だったおやつを棺に入れて、プリンセスの遺体を焼いた。
骨だけになったプリンセスは大型の猫だけあって、骨も立派で、骨壺に入れるのが大変なくらいだった。骨になったプリンセスを骨壺に入れて、フェリアはプリンセスとマンションに帰った。
マンションのプリンセスのベッドのそばに骨壺を置いて、静かになった部屋の中を見る。
もう老猫だったのでプリンセスは激しく遊んだりしなかった。動きもゆっくりになっていたし、元々穏やかで物静かな猫だった。
キャットタワーもカメラの付いた給餌器も新鮮な水が循環する水飲み場も、もう全部いらなくなってしまった。
いつかは新しい猫を飼うかもしれないが、今はプリンセスのことしか考えられない。
夕食をデリバリーして食べて、フェリアは眠った。
翌日はカイとのカウンセリングが入っていた。
フェリア自身の精神状態もあったので断ろうかと思ったが、カイも忙しい警察学校の合間を縫って予約を入れたのだから、プロとして向き合おうとフェリアは考え直した。
警察ラボに出勤すると、パーシヴァルが花束を持って待っていてくれた。
「これ、プリンセスに。ガーディア、大丈夫か?」
「悲しいし、つらいよ。俺にとっては家族だったから」
「ありがとう」とお礼を言って花を受け取って、フェリアは自分のデスクに花を置く。デスクの上にはプリンスとプリンセスが仲良く寄り添っている写真が立てられている。
母や兄弟たちよりも、プリンスとプリンセスがフェリアの家族だった。母はドライな性格だったし、兄たちはフェリアをやたらと気遣って過保護だし、弟も相当のブラコンだ。
溺愛されて育ったのだが、フェリアは家族との間に壁のようなものを感じていた。それは家族がそれぞれ違う遺伝子から生まれていて、姿も性格も全く違っていたからかもしれない。
「ガーディア、警察学校の生徒さんが来てるよ」
「カウンセリングルームに案内して」
パーシヴァルに声をかけられて、フェリアはカウンセリングルームの鍵を借りに行った。
カウンセリングルームはフェリアを中心にカウンセラーの資格を持っている職員が使っている。
「ガーディアの方がカウンセリングを受けなきゃいけないんじゃないか?」
「そこまでじゃないよ。覚悟はしてたからな」
覚悟はしていたと言っても、喪失感は消せなくて、携帯端末で給餌器に取り付けられたモニターの確認をして、もういないのだと実感する。胸が痛むがそれを無視してフェリアは廊下に立っている長身の褐色の肌の青年、カイに軽く手を挙げた。
「調子はどうかな?」
「俺は色々混乱してます。あなたの方が酷い顔をしていませんか?」
図星を突かれてフェリアは口ごもってしまう。
簡単に見抜かれるくらいにフェリアは顔に出やすい体質だっただろうか。警察ラボの一員として、ポーカーフェイスはお手の物のはずだったのに。
「気のせいじゃないか?」
「何かありましたか?」
「俺の方がカウンセリングされてるんじゃ、君が来た意味がない」
カウンセリングルームの鍵を開けて中にカイを通しながらフェリアが苦笑する。
カイにはソファに座ってもらって、フェリアはデスクの椅子に座った。タブレット端末で記録をつける。
「カイ・ロッドウェル、二十一歳、男性。何か話したいことがあるかな?」
「自分の中で言葉にならない思いが渦巻いてます」
「それじゃ、事件のことじゃなくていい。世間話でもするか?」
カウンセリングでは最初から核心に迫れるわけではない。事件の話ではない他の話をして、カウンセラーと患者が信頼関係を築くところから始めるのが普通だ。
「俺には姉と妹がいます。姉は強い女性ですが、妹はおっとりしています。あの日、女子生徒を助けたのは、姉から女性は守れと言われていたからです」
「君はとても勇敢だったと思うよ」
「ありがとうございます。妹があんな状況だったら、俺も被害者の男子生徒を殺していたかもしれない……」
ぽつりと零したカイの言葉にフェリアは危うさを感じる。
妹思いなのだろうが、殺人事件に巻き込まれて、自分が被害者を殺していたかもしれないというのは思想として少し気にかかった。
「確かに彼のやったことは許されないが、殺人は犯罪だ」
「分かっています。でも、加害者に抒情酌量の余地があると、あなたも考えているのでしょう?」
フェリアたち警察ラボの職員が被害者の男子生徒が襲ったり、写真を撮ったりした女性たちとコンタクトを取っているのは、警察学校の中でも噂になっているようだ。
こういう風にことを荒立てる可能性があるから、表に立ちたくないという被害者が多いのだ。
「有名なんだな、その話」
「俺は警察にも伝手があるから」
「あぁ、ルカ・ロッドウェルか」
カイの姉も警察官だったことを思い出してフェリアは納得する。
「何か飲むか?」
「コーヒーを」
会話が途切れたところで、フェリアは休憩を入れた。
ともだちにシェアしよう!