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8.休憩後
コーヒーを飲みながらカイはフェリアをまじまじと見つめる。
淡い金色の髪にエメラルドグリーンの瞳、長い睫毛に通った鼻筋、薄い唇は淡く色付いている。
あの唇に口付けたらどんな感触がするだろう。
男性にしては細身の体を抱き寄せたらどんな気持ちになるだろう。
紙コップのコーヒーを飲んだフェリアが唇を舐める。ちろりと見えた舌が煽情的で心がざわつく。
初めて惚れた相手だから大事にしたい。
そう思っているのに、コーヒーを渡してくれたときに触れ合った指先の体温を思い出すと、体の奥底で獣が目覚めそうになる。
心優しくカイの傷に寄り添おうとしてくれているフェリアとは裏腹に、カイが欲望を抱えているだなんて、フェリアは思いもしていないのだろう。
コーヒーを飲んでいる間はしばらく無言だった。美しいひとの一挙手一投足を見逃さないようにカイはフェリアを見つめ続けていた。
コーヒーを飲み終わって紙コップをデスクに置いたフェリアがカイを見る。美しいエメラルドグリーンの目に自分が映っているのかと考えるだけでカイは心臓の高鳴りを抑えられない。
「俺が気になるか?」
女性にしてみれば低く、男性にしてみれば少し高めの声で問いかけられて、カイは素直に頷いた。フェリアのことなら何でも知りたい。
「俺は五人兄弟の四番目で、君と違って兄と弟しかいない。女性とは縁のない人生だったなぁ」
しみじみと呟くフェリアに、「そっちの方がいいです」とカイは言いそうになった。
姉と妹に挟まれて、姉にも妹にも便利に使われてきたこれまでの人生。薬局に生理用品と鎮痛剤を買いに行かされたのも一度や二度ではない。
女性は性被害にも遭いやすいし、生理があって大変だし、大事にするようにと叩き込まれてきたが、姉や妹を見ているとカイよりも逞しく見えて仕方がない。
「姉と妹がいるからいいってこともないですけどね」
「過保護な兄がいるよりはいいかもしれない」
過保護な兄と言われて、カイはフェリアが取調室に入ったときに同席していた男性を思い出した。彼も自分のことを「ガーディア」と名乗っていなかったではないだろうか。
「取調室に一緒にいたのは?」
「あれはすぐ上の兄だ。マジックミラーの向こうでも兄が見てた。俺は兄にとっては心配な存在らしい」
取調室はマジックミラーになっていて、別室から見ることができるような作りになっている。そこにフェリアの兄がいたのだとすれば、五人兄弟中三人が揃っていたことになる。
「兄弟で同じ所轄に配属されるなんてあるんですね」
「特別措置らしいけど、よくは知らない。俺は警察ラボだから、ちょっと管轄が違うし」
でも、警察官としての資格も持っているのだから、現場での仕事がしたいと思い始めていること、兄の過保護を抜けて自由になりたいと思っていることをフェリアは話してくれた。
警察ラボの職員で、警察官で、カウンセラーで、医者となるとフェリアが非常に頭がいいことはカイでも分かる。顔立ちもこれだけ整っているのに、女性に縁がなかったというのは、余りに美しすぎて女性の方が気後れしたのだろう。
「俺は、恋愛経験がないんです。女性にも男性にも興味が持てなくて」
「俺は……他人への執着が薄いのかな」
ぽつりと呟くフェリアにそういうわけではなくて、頭がよすぎて美しすぎるフェリアに周囲が親し気に近寄り難かっただけではないかとカイは判断した。
美しいひとは孤立しやすい。まして、頭までよければますます近寄り難くなってしまう。
フェリアが孤独であったならばそれだけカイは近寄りやすいことになる。図太くてカウンセリングなど絶対に必要ないと姉に大笑いされそうなカイを、フェリアは既に騙されて懐に入れている。もう少し近付ければ、恋愛関係に持ち込めるのではないだろうか。
カイは期待していた。
一回目のカウンセリングは雑談だけで終わって、フェリアに礼を言ってカイは警察学校に戻った。
警察学校の教官はカイがカウンセリングのために外出しているのを知っていて、気遣ってくれた。
「カイ・ロッドウェル、大丈夫か?」
「カウンセラーと話して気持ちを纏めているところです」
「何か悩みがあったら、いつでも話してくれていいんだぞ」
事件が解決した安堵感もあったが、殺された男子生徒が複数の女子生徒や女性をレイプやレイプ未遂していたことが分かったので、警察学校はかなり動揺が走っていた。
被害者となった女子生徒は警察に聞き込みをされて、噂が立ってしまって、警察学校を辞めた女子生徒もいた。警察としては正規の手順を踏んでいるだけなのだが、詳しい状況を聞かれたり、女子生徒に非がなかったか検証されたり、証言をするように要請されたりすることで、セカンドレイプが起こってしまう可能性があるのはどうしようもないことだった。
警察に呼び出されたのを見られれば、周囲の噂にもなる。
被害者であるはずの女子生徒が、更に責められるようなことがあってはならないのだが、それを止められるだけのシステムが警察にはないのが現状だった。
「カイ・ロッドウェルという名前と、『カウンセリング』という単語に関連性を見いだせないんだけど」
「俺も繊細なところがあるんだよ」
「カウンセラーはどんなひとなの?」
無邪気にツグミに聞かれて、カイは見透かされていることに苦笑する。ツグミでも分かることをあの美しいひとは分からない。分からないからカイに優しくしてくれる。
「初めて好きになったんだ。俺は生涯誰にも寄りかからず生きていきたいと思っていた。でも、あのひとに優しくされると心地いいんだ。あのひとだけに俺は甘やかして欲しいと思う」
「うわ……本気なんだ」
驚いた様子のツグミに、カイは緩く微笑む。
「本気も本気。命を懸けてもいい」
恋に全てを懸けるなんて愚かだと思っていた。
高校時代に同級生を妊娠させた友人が、高校を辞めて働くと言っていた。
自分の将来を投げうつような愚かなことをしているとカイは心では思っていた。
避妊していればなかった事態かもしれないし、高校を辞めなくてもいい方法もあったかもしれない。
それでも、彼は恋のために全てを捨てた。
愚かだと呆れていた状態に自分がなる。
「馬鹿みたいだろ?」
問いかけるとツグミは首を傾げて肩をすくめる。
「俺の知ってるカイじゃないけど、人間らしくていいんじゃないかな」
「俺はそんなに人間らしくなかったのか!?」
「なんか、全てに興味がなくて、人間との繋がりも希薄で、恋愛なんてできそうになかったのに、カイが本気なんだからね。それで、どういう女性なの?」
「女性じゃない」
「男性なの?」
「多分」
「多分?」
美しさのあまり性別すら分からないフェリアに関して、カイはどう言えばいいのか分からなくなっていた。
本人も「自認は男性」と言っていたから、何か複雑な事情があるのかもしれない。
女性の体を男性のものに変える手術がこの国では合法的に行われている。逆に男性の身体を女性に変える手術も合法的に行われている。
もしかするとフェリアがそういう手術を受けたのかもしれないが、それはそれでカイは気にしなかった。
どんな相手でも構わない。
カイが求めているのはフェリアだけなのだ。フェリアという存在であれば男であろうと女であろうと、カイにとってはどうでもいいことだった。
「まぁ、性は多様性があるからね」
人権の授業に熱心なツグミはそれで納得してくれた。
「そういえば、母親と姉妹が強い男性は、男性を好きになりやすいんだって」
思い出したように言うツグミに、カイはフェリアの姿を思い浮かべる。
平たい胸に細い腰、整った顔立ちに、漂う色香。
「多分、男性だと思う。そうじゃなくても、気持ちは変わらないけど」
「本当の恋をしたんだね」
応援するよとツグミに言われて、カイは小さく頷いた。
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