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10.二回目のカウンセリング
二回目のカウンセリングのときに、フェリアの顔色が悪いような気がして、カイは自分のことよりもフェリアのことが心配だった。透けるような白い肌が、青白く見えている。
カイの肌は褐色だ。
中央アジアの血が濃く出ていて、両親ともに褐色の肌で、姉も妹も同じく褐色の肌だ。髪の色も濃くて黒髪で、長く伸ばして腰までの三つ編みにしている。
警察学校では髪は掴まれるので危険だということで、男女問わず髪は短く切っておくように言われるのだが、カイは宗教上の理由でと嘯いて逃れた。
この時代警察官の短髪も強制ではないが、長い髪をしていると体術の授業で不利ではある。現場に出ると更に不利になるのだろうが、それをゼロにできるだけの能力が自分にはあるとカイは思っていた。
「君を見てるとプリンスを思い出す」
カウンセリングの途中にフェリアが口にした一言に、カイは身を乗り出す。
「プリンスって、あの綺麗なボルゾイですか?」
「いや、忘れてくれ。君の話を聞くんだった」
「あなたの話も聞いてみたいな。こうしませんか? 俺が一つエピソードを話す。そしたら、あなたが一つエピソードを話す」
提案してみると、フェリアはそれに乗ってくれた。
「いいだろう。君から話を聞きだすのはなかなか難しそうだからね。君から先にどうぞ」
促されて、カイは何を話そうか考える。
自分は殺人事件に巻き込まれてカウンセリングを必要としている警察学校の男子生徒なのだ。それなりに意味のありそうなことを話さなければいけないだろう。
「警察学校を卒業した姉が治安の悪い地域で襲われたことがありました。姉は襲ってきた相手の顎を蹴り割って対処したけど、襲われている女子生徒を助けたときに、これが姉だったらと考えなかったわけではありません」
嘘ではない。
考えなかったわけではないと言っただけで、考えたとは言っていない。
姉ならば顎を蹴り割って、ブツを引っこ抜くようなことをしただろうと頭を過って、そういう相手を狙わない当たり、性暴力の加害者というのは本当に相手をよく見て弱いものを狙っているのだという怒りはあった。
「お姉さん思いなんだな」
「両親が忙しい中、育ててくれたのは姉のようなものですからね」
これは本当だった。
共働きで忙しい両親の代わりに、姉がカイと妹のイヴァを育ててくれた。カイにとっては恐怖政治ではあったのだが。
「俺の番か。プリンスもプリンセスも、ひとの身勝手で処分されるところをもらい受けた。二匹とも俺の大事な家族だった」
「だった……え? プリンセスは亡くなったんですか?」
過去形になっていることに気付いて指摘すると、フェリアが「しまった」という顔をする。つい先日まではプリンセスは生きていたはずだ。亡くなったとすれば数日以内ということになる。
「あなたの方がカウンセリングが必要な状態じゃないですか」
「猫だぞ?」
「大事な家族なんでしょう?」
猫であろうと、フェリアにとってプリンセスが大事な家族だということはカイにも強く伝わって来ていた。携帯端末の待ち受けをボルゾイとラグドールの画像にしているだけでお察しである。
兄弟は五人いると言っていたが、その兄弟よりもプリンスとプリンセスの方を親しく感じているようなそぶりさえフェリアは見せていた。
「大事な家族だ……私の方が話を聞いてもらってしまっているな。次は君の|番《ターン》だ」
何か話さなければフェリアの番は来ない。
カイは素早く考えを巡らせる。
「姉は小さな頃からキックボクシングを習っていて、俺や妹がいじめられて帰ってくると、仕返しに乗り込んでいました。妹は穏やかな性格で、俺が守ってやらないとと思っています」
嘘ではない。
穏やかな性格だが、姉同様キックボクシングを習っているので、妹も純粋に強い。精神的には弱いところもあるのだが、それはわざとカイに弱く見せて甘えてカイを使うためのテクニックだと分かっている。
分かっていながらも、カイは妹に甘くなってしまう。
「君のことを話していない気がするが?」
「それだけ女性の権利に関する意識が高いってことです」
見透かされた気がするが、誤魔化すとフェリアは自分の番だと話し始める。
「プリンセスが亡くなったのは当たりだ。事件解決の二日後に亡くなった。最期は俺の腕の中で死んだから、俺はプリンセスに感謝している」
「それだけ愛していたんですね」
「そうだな」
プリンセスの最期を話すことによってフェリアの顔色がよくなってきた気がして、カイはホッとする。フェリアの胸にはずっと悲しみとつらさが渦巻いていたのだろう。
「この後の予定は?」
「え? なんで?」
カウンセリングが終わってもフェリアとまだ話しておきたくて、カイはついナンパのようなことをしてしまう。
カウンセリングも回数が決まっていて、残り二回しか受けられないのだ。できれば早いうちにフェリアと個人的な関係を持っておきたい。
「もしかして……」
「いや、その……」
下心を読み取られたのかと内心で焦るが、カイは言い訳を必死に考えていた。
「お腹が空いたのか?」
「そういうわけじゃなくて……あ、そう! そうなんです!」
ナンパかと問われるのかと思って先走ってしまったが、フェリアは全く違うことを口にしていた。
「警察学校の食事じゃ足りないって、兄たちもよく言っていた。食べ盛りだもんな。俺はこれで仕事は終わりだから、ちょっと待っててもらえたら、何か食べに連れて行ってやるよ」
「いいんですか?」
「お腹を空かせた男子を放り出すことはできないだろ」
お腹は確かに空いていた。
この年齢の男性が三食警察学校の食堂の食事だけで足りるわけがない。寮を出て買い物に行くのだが、学生なのでお金も潤沢にあるわけではなく、ジャンクフードを買って帰るのが関の山だ。
兄たちが警察学校に通っていたフェリアはそういう警察学校の現実も知っているのだろう。
カウンセリングルームの鍵を閉めて、エレベーター前にカイを待たせて、フェリアはカウンセリングルームの鍵を返して、帰る準備をしに行った。
エレベーターの前で待っていると、エレベーターのドアが開いて中性的な人物が出て来る。
「あぁ、君が」
「え? 俺を知ってますか?」
「警察学校の制服を着てる。ガーディアがカウンセリングをしている生徒だろう?」
「そうです。カイ・ロッドウェルです」
フェリアと親しい相手ならば、仲良くしておいて損はない。
もしかするとライバルとなるかもしれないが、それならば尚更相手のことは知っておきたい。
「アージェマーだ。ガーディアの同僚だよ」
名乗ってから、アージェマーは唇を歪めて笑った。
「そんな目で見なくていい。私は恋愛はしない主義でな。ガーディアは綺麗な顔をしているとは思うが、そういう対象ではない」
「俺、そんなにバレバレですか?」
「ガーディアは気付いてないだろうな」
「フェリア様に言いますか?」
言われてしまってはこれまでの演技も全部無駄になってしまう。
声を潜めて問いかけたカイに、アージェマーはにやにやと笑っている。
「ガーディアが気付くまで何も言う気はないよ。ガーディアも大人で、自分で責任が持てる年だ」
アージェマーの返事にカイは胸を撫で下ろす。
白衣をジャケットに着替えて荷物を持ってきたフェリアが、アージェマーとカイが話しているのを見て目を丸くする。
「アージェマー、俺に用だったか?」
「もう一つ死体が出たよ。検死の最中だ」
「それなら残ろうか?」
「ガーディアは残業はしない主義だろう? 日勤はもう終わったよ、帰れ帰れ」
「アージェマーも日勤じゃないのか?」
「残業はご褒美だ」
「アージェマーも帰れ!」
「やなこった」
フェリアとカイをエレベーターに押し込んで、アージェマーは自分のデスクに向かっていく。エレベーターに押し込まれたので、フェリアは仕方なさそうに一階のボタンを押した。
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