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11.名前のない関係
カイとのカウンセリングは不思議だった。
あまり自分のことを深く話さないカイは姉や妹のことばかり話している。順番に話そうと言われて、フェリアはつい自分のことを口にしてしまった。
プリンセスのことを過去形で語ってしまって、プリンセスが亡くなったことに気付かれたが、カイはプリンセスのことをフェリアの家族と認めてくれて悲しむことを許してくれた気がした。
もう二十四歳になるのだからと覚悟して諦めていたが、フェリアはプリンセスに生きていてほしかった。一日でも長く、一瞬でも多く一緒にいたかった。
その気持ちを救い上げてもらったようで、フェリアの方がカウンセリングを受けた気分だった。
お腹が空いているというカイに食事を奢ろうと決めたのも、その礼のつもりだったのかもしれない。
駐車場に行って車の鍵を開けると、フェリアはカイに助手席に乗るように促す。警察学校から直接来ているカイは警察学校の制服で、一目で警察官候補だと分かった。
「何が食べたい? 中華? イタリアン? フレンチ?」
「何でもいいですけど、格式ばったところは苦手です」
「美味しいイタリアンの店があるんだ。包み焼きピザとパスタが絶品なんだ」
「それじゃ、そこで」
控えめに要望を言わないカイだが、お腹が空いていることは確かなのだろう、素直にフェリアの提案に頷いた。
二十一歳なんて食べ盛りでどれだけ食べても足りない年頃だ。警察学校の寮の食堂の食事だけでは足りるはずがない。買い足していたらお金がとても足りないだろうし、頻繁に寮から外出するのも許可を取って面倒くさい。
警察学校時代は空腹が一番の敵だったとアスラは言っていた。ヴァルナは偏食で匂いの強いものは食べられないので、警察学校時代も外で買って来たパンなどでどうにか食い繋いでいたようだ。
栄養が足りなかったのか、アルビノだからなのか、ヴァルナは兄弟の中では一番小柄で痩せている。
イタリアンの店の駐車場に車を停めると、カイが下りたのを確認して、フェリアも車から降りて、鍵のボタンでロックをかける。
店内に入ると仕切りのある個室風のソファ席があって、フェリアとカイはそこに通された。客が落ち着いて食事ができるように、席ごとに衝立で区切ってある店なのだ。そこもフェリアは気に入っていた。
顔立ちが整っているフェリアはどうしても人目を引いてしまう。
現場にアスラとヴァルナがフェリアを出したくない理由の一つとして、容姿の整い方があるのだろう。整った容姿はどうしても目立つし、被害者からも加害者からも妙な感情を持たれやすい。
メニューを広げてフェリアはカイに示す。
「なんでも頼んでいいよ」
「お勧めは何ですか?」
「包み焼きピザと、サーモンとキノコのクリームソースのパスタかな?」
グラム数を選べるパスタと一人で食べるならそれだけで十分な大きさの包み焼きピザを見比べて、カイは迷っているようだった。
「フェリア様、シェアしませんか?」
「君はシェアするのは平気?」
「姉と妹とよくシェアしてたというか、姉と妹が食べられない分は食べさせられてました」
デザートを食べたいから料理を少し減らしたいとか、他の料理も食べたいからシェアしたいとか、そういう姉妹の要望にカイは答え続けてきたようだ。
五人も兄弟がいるのに、フェリアは食事をシェアした覚えがない。
フェリアにはフェリアの分があって、ヴァルナは自分の分は自分で確保していて、アスラやトールやラヴィは自分の分をきっちりと食べるタイプだった。
「シェアか、してみようかな」
ちょっと楽しくなってきて、フェリアは包み焼きピザとサーモンとキノコのクリームソースのパスタを注文した。
取り皿をお願いして、アイスティーを飲んで待っていると、大きな皿に包み焼きピザと、サーモンとキノコのクリームソースのパスタが運ばれて来る。
どうすればいいのか迷うフェリアに、カイがてきぱきとフォークとナイフを使って包み焼きピザを二つに切って、皿に取り分けた。サーモンとキノコのクリームソースパスタも二皿に分けられる。
「ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます。すごく美味しそうです」
包み焼きピザは上手に分けられていて中の具が出て来ていない。自分の皿の上に乗っている分にナイフを入れると、とろりとチーズが蕩けだしてくる。一口大に切り分けて食べていると、カイもフェリアを真似して一口大に切って包み焼きピザを食べていた。
「皮が二つ折りになってて、中身の味が凝縮されてて美味しいです」
「ここの包み焼きピザは俺のお気に入りなんだよ」
「パスタもスモークサーモンの塩味がちょうどよくて美味しいです」
大きな口であっという間に食べてしまうカイに負けないようにフェリアも包み焼きピザとサーモンとキノコのクリームソースのパスタを食べた。
食べ終わると、カイがメニューを広げる。
「まだ食べられるのか?」
「このデザートのガトーショコラが気になっていて」
「あー、それは俺も食べたことない」
「フェリア様、一口食べますか?」
「いいのか?」
食事がこんなに楽しいものだったなんて、フェリアは初めて知った気がした。実家での食事は栄養補給でしかなくて、フェリアの分はフェリアが食べなければいけなかった。
実家を出てから一人でマンションに暮らすようになってからは、食事が疎かになることもあったし、食べなければ動けないから食べているようなものだった。
食事がこんな風に美味しいと感じたのも久しぶりかもしれない。
「ガトーショコラを一つ。フォークは二つでお願いします」
「コーヒーも飲まないか?」
「いいですね。コーヒーを二つ」
「ホットで」
カイと一緒に注文して、運ばれて来たガトーショコラをコーヒーと一緒に食べる。
一口だけと言っていたが、カイはフェリアが食べたいだけガトーショコラを分けてくれた。一口で止まらず、半分くらい食べてしまったが、カイは微笑んでそれを見守っていた。
「楽しい食事だった。送っていくよ」
「また食事を一緒にしませんか?」
お腹を空かせた二十一歳男子と、一人で食事をするのが味気ない二十八歳自認男性の思惑が重なった。お互いに楽しかったのならば、カイも警察学校の生徒だがもう成人しているのだし、食事くらい自由にしてもいいだろう。
「携帯端末に連絡を入れてくれ。空いてる日には一緒に食事をしよう」
「よかった。すごく美味しかったから、この店にもまた来たいし、フェリア様がお気に入りの店が他にもあるなら知りたいです」
人懐っこく笑うカイはボルゾイのプリンスを思わせる。
穏やかな性格のプリンスは、その体格に見合った食事量だった。よく食べるプリンスを見てフェリアは嬉しくなったのを思い出す。
警察学校までカイを送っていくと、男子寮の前で車から降りたカイがフェリアに手を振っていた。
「今日はありがとうございました」
カウンセリングの回数は残り二回。
四回のカウンセリングを受けてみて、患者の様子を見てカウンセリングを続けるか判断するのだが、カイは四回のカウンセリングで終わりそうな気がしている。
それだけの安定感が彼にはあった。
「また連絡して」
「必ず」
カウンセリングの予約もだったが、食事の誘いもフェリアは期待していた。
カイと食べる食事は一人で食べるよりもずっと楽しく美味しかったのだ。
プリンセスが亡くなってから、こんな明るい気持ちになったのは初めてかもしれない。
プリンスと似ているカイは、フェリアを元気にさせてくれた。
「今度は、俺のこと、『カイ』って呼んでくださいね」
『君』じゃなくて。
そう囁いて車を見送るカイに、フェリアは、『カイ・ロッドウェル』と形式上で名前を呼ぶ以外は、カイのことをずっと『君』と呼んでいたことに気付く。
患者とは必要以上に親しくなってはいけないというのが常識だが、残り二回のカウンセリングでカイはフェリアの患者ではなくなる。
患者ではなくなっても、カイはフェリアを食事に誘うだろうか。
そうなると、カイとフェリアの関係はどうなるのだろう。
この関係性に名前を付けられないまま、フェリアは車で自分のマンションに帰った。
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