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12.実家に帰るカイと事件を追うフェリア
警察学校の休日にはカイは実家に帰ることもある。
車の免許は持っているが、車を持っていないのでバスと電車を乗り継いで帰るか、姉のルカに迎えに来てもらうかなのだが、その週は珍しくルカの方から迎えに来ると連絡をしてきた。
男子寮の前に停まった車に乗り込むと、ルカが運転席でちらりとカイを横目で見る。シートベルトを締めるとルカは車を動かした。
「ルカが迎えに来てくれるなんて、どういう風の吹き回し?」
「ちょうど私も今週はこの日が休みだったのよ。それより、カイ、あんた、カウンセリングを受けてるって本当なの?」
本題はそれだったようだ。
ルカにしてみれば、図太くて動揺することのない、人間関係にドライなカイが、カウンセリングを受けるような事態に陥っていることが信じられないのだろう。芝居がかった仕草でカイは自分の胸に両手を当てる。
「俺にも繊細なところがあったんだよ」
「嘘だー! カウンセラーは美人? どのカウンセリングルームに通ってるの?」
保護者として両親にはカウンセリングの話はしてあるが、ルカには話していない。絶対に怪しまれると思ったからだ。
「守秘義務を行使する」
「いいわよ、父さんと母さんに聞くから」
「それは……警察ラボのフェリア様だよ」
両親に聞かれるくらいならばとカイが正直に白状すると、ルカが顔をカイの方に向けてカイを凝視している。
「ちょっと、姉さん!? 運転中!?」
「フェリア『様』!? あんた、それ、どういうことなの!?」
『様付け』していることもしっかりと伝わってしまって、ルカに前を向かせるまでカイは必死で車がぶつからないように前を見ていた。幸い車の数は少なく事故は起きなかった。
前に向き直ったルカが大きくため息を吐く。
「そういえば、警察学校での事件、ガーディア捜査官の管轄だったわね。その後、あんたはガーディア捜査官と連絡が取れないか私に聞いて来て、私は警察ラボの電話番号を教えた……つまりは、そういうこと?」
「どういうこと?」
「惚れたのかっていうことよ!」
単刀直入に問いかけられてカイは素直に答える。
「あんな美しいひといないよ。姿もだけど、心も美しいし、優しい。あのひとに会って、俺は人生が変わった気がしたんだ」
真剣に言うのに、ルカが信号で車を停めて沈痛な面持ちで額に手をやっている。
「あんたがものすごい面食いだってことは分かったわ」
「姉さんはフェリア様に会ったことあるんだよな?」
「あるわよ。ものすごくお美しかったわ。お美しかったけど、私にとっては高嶺の花。鑑賞するのはいいけど、付き合いたいとは思わなかったわ」
姉弟なので好みは似ているのだが、ルカにとってフェリアは恋愛対象ではなかったようだ。その事実にカイは心底安堵する。ルカ相手ならばフェリアを取り合って勝つ自信があまりなかった。
「カウンセリングってのもどうせ口実でしょ? それで、どこまで行ったの?」
「一緒に食事をした」
「二人きりで!?」
「二人でイタリアンをシェアして食べた。すごく美味しかったよ」
食べている間も、フェリアが食べる所作の美しさや、唇を舐める舌の赤さに目が行って、味などほとんど分からなかったが、フェリアとの食事が楽しかったのは確かだった。
シェアをするかと問いかけたら驚いたり、包み焼きピザを食べて美味しさに微笑んだりする、表情豊かなフェリアを見ることができて、カイはものすごく満足していた。
「ガーディア捜査官の嫌がることは絶対にしないのよ! 食事に誘って了承されたからって、ベッドに誘っていいわけじゃないからね!」
「分かってるよ。俺はフェリア様を傷付けるつもりはない。真剣なんだ」
心の底から本音を言えば、ベッドに誘いたいし、フェリアのことを抱きたい。しかし、それをフェリアが望んでいないのであれば、カイはフェリアを傷付けるつもりは全くなかった。
フェリアには笑っていて欲しい。
携帯端末の待ち受けにするくらい可愛がっていた愛猫のプリンセスが亡くなって、フェリアはものすごく傷付いているはずだ。心の隙に付け込みたい自分と、優しく慰めたい自分の狭間で、カイは揺れていた。
「カイ、ガーディア捜査官の体のことは知ってるの?」
唐突にルカが表情を引き締めて問いかけてきたので、カイも背筋を伸ばして表情を引き締める。
「自認が男性って言ってたから、何か事情があるんだろうとは考えてるけど、はっきりとは知らない」
答えると、ルカが「うーん」と唸っている。ルカはフェリアの体のことについて知っているのだろうか。
警察ラボは幾つもの警察署の管轄を受け持つので、ルカの勤める警察署もフェリアの勤めている警察ラボに証拠品を納めている。フェリアと仕事をするにあたって、ルカはフェリアの体のことを聞いたのかもしれない。
「個人的なことだから、教えていいのか判断しかねるわ」
「俺も、直接フェリア様の口から聞きたいから、特に聞かないよ」
「そうね。その方がいいと思う。ただ、普通の男性じゃないことは頭に入れておいた方がいいわね」
カイの考えていた通り、フェリアは普通の男性ではなかった。
手術によって性別を変えたにせよ、そうではなくて違う理由があるにせよ、カイはそもそも、これまでひとを愛した経験がない。自分が男性を好きなのか女性を好きなのか分からないままに生きて来たのだから、フェリアがどんな体であれ、フェリアであれば愛せる自信がカイにはあった。
逆にフェリアでなければどんな人物も愛せない自信しかない。
「フェリア様がどんなお体でも俺の気持ちは変わらない」
「そうよね……そういう相手が現れてくれたらとは思っていた」
高嶺の花と諦めてはいても、ルカにとっては間違いなく好みでフェリアのことは気になっていたのだろう。ルカはフェリアの体のことも知っていて、それもあって恋愛対象と見られないのかもしれない。
社会は様々な性の多様性に寛容になってきたとはいえ、それが恋愛対象として受け入れられるかに関しては、また別の話になる。
「フェリア様とまた話したいし、食事もしたい。もっと親しくなりたいんだ」
今頃フェリアは何をしているのだろうか。
巷で騒がれている連続殺人事件の捜査に当たっているのだろうか。
カイはフェリアが平穏に仕事ができていることを願っていた。
警察ラボで検死結果と採取した銃弾を受け取ったフェリアは、すぐにそれの線条痕を調べた。
これまでの二件の殺人事件の銃弾の線条痕と一致している。
広く使われているライフル式の銃では、筒の中を銃弾が回転しながら発射される。そのときに筒の形状に合わせて銃弾に付く痕が線条痕だ。線条痕はそれぞれの銃によって違っていて、言ってしまえば銃の指紋のようなものだった。
「ガーディア、どうだった?」
相棒のパーシヴァルに問いかけられて、フェリアはパーシヴァルのタブレット端末に結果を送って共有する。
『一致』の文字にパーシヴァルの眉間に皺が寄った。
「三件目か……。これは連邦警察が出て来るんじゃないか?」
「その前に解決する」
連邦警察と地元警察の間にはどうしても軋轢が生まれがちだ。連邦警察は地元警察の捜査している事件を、必要とあれば持って行ってしまうからだ。連邦警察の管轄になれば協力して事件解決を目指さなければいけないと分かっているのだが、上から目線で命令されるのにはフェリアも面白くないとは思っていた。
「最初の事件から二件目の事件まで二週間、二件目の事件から三件目の事件まで一週間」
「明らかにエスカレートしてるな」
「次の事件は三日後くらいかもしれない」
「被害者をもう一度見直して、犯人像を考えてみよう」
パーシヴァルとフェリアはタブレット端末でこれまでの被害者の状況を確認する。
「一件目はモーテルで朝に部屋に入った清掃員が死体を見付けている。死体は頭部に弾痕あり。ベッドでうつ伏せの状態でクッションを被せて撃っている」
「二件目は安ホテルで。同じく頭部に弾痕。ベッドでうつぶせの状態でクッションを被せて撃っている」
「三件目も同じ。どうしてうつ伏せにしたんだろう?」
「死んでいく顔を見たくなかったから?」
話し合っていると、アージェマーが弾丸の検査室に顔を出す。
「パーシー、ガーディア、新情報だ。どの被害者も、性的暴行の跡はない」
「つまり、性交渉はなかったと?」
「そうだ」
聞き返したパーシヴァルに、アージェマーが端的に答える。
性交渉はなく、うつ伏せの状態で顔を隠して撃ち殺された売春婦三人。
何かが見えて来そうな気がして、フェリアはタブレット端末で情報を探した。
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