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13.連続殺人事件の顛末
警察署には変わった人物がやって来て、被害を訴えることがある。
その人物がやって来たのは一か月前くらいだった。
「売春婦に性病をうつされた! 売春婦の取り締まりをしてくれ!」
この地域の売春婦を全員集めて、性病をうつした売春婦を逮捕するのだとか、裁判にかけるのだとか申し立てる人物は、男性で、そこそこいい身なりをしていた。
「この私に性病をうつすなんて許されない! 絶対に処罰してやるのだ!」
勘違い男が来たと分かっていても警察では対処をしなければいけない。
一応被害届を書かせて、帰したのだが、その後捜査も何もしなかった。売春婦と性交をして性病をうつされたのならば自己責任であるし、警察は何の関与もできない。
売春婦が法律を破って商売をしているのならば取り締まることもできるのだが、そうでもないようだ。
結局、何の捜査もされなかった被害届は、一応保管してあった。
「ガーディアはその男が気になるんだな?」
アージェマーの問いかけにフェリアは頷く。
その男が警察署に来たときに対応したのはアスラの班だった。それで話の内容は聞いていたのだが、殺された売春婦に性交渉がなかったと聞いてフェリアはその男を思い出したのだ。
「被害届を持ってきてもらって指紋を取ってもいいけど、ホテルもモーテルも、指紋だらけで鑑識にものすごく時間がかかったよな。指紋だらけ、体液だらけで」
思い出してもぞっとすると呟くパーシヴァルに、指紋の照合は楽ではないし、それだけ数があるとなると証拠になりうるか分からないのだが、フェリアはそれをしてみたかった。
「指紋の照合をしてみよう。何か分かるかもしれない」
人間は簡単に嘘を吐くし、勘違いもする。覚え間違いもある。
証拠品だけは嘘をつかないとフェリアは科学捜査の基本を胸に、被害届を取り寄せた。
被害届についていた指紋を採取して、これまでの事件現場で採取された指紋と照合すると、一部、指紋ではないが掌紋が一致するものがあった。掌紋とは手の平の指紋のようなものである。
手袋をして犯行に及んでも、最初から手袋をつけていなかったり、被害者の予想外の抵抗によって手袋が破損することがある。
「この被害届を出した人物を呼び出してもらおう」
「ハルバート班に頼んで、取り調べかな」
「俺も取り調べに立ち会う」
「ガーディアも?」
アスラとヴァルナが所属しているハルバート班ならばフェリアも受け入れてもらえるはずだ。フェリアは三人もの女性を殺した人物の顔を拝みたかった。
「こいつ、自分の銃を登録してるね。銃弾の口径が殺害された売春婦から出た銃弾と一致する」
「自分の銃でやったのか? 大胆だな」
こういうときには新しい銃を購入して、自分の銃とは関係ないようにするのだが、それもその男は考えつかなかったようだ。犯罪者は入念に準備をするはずだが、この男はどうにも詰めが甘い。
取り調べに同席させてもらうことになって、フェリアは警察署に行って、取調室の隣りのマジックミラーの部屋に入った。ヴァルナとアスラがそこで待っていてくれる。
きっちりとスーツを着た神経質そうな男性が取調室の椅子で苛々と貧乏ゆすりをしていた。
「行くか、フェリア」
「了解、オニイサマ」
アスラに声をかけられて、フェリアは片手を上げて返事をする。
取調室に入ると、男は椅子から立ち上がった。
「警察は何をしているんだ! 私に性病をうつした売春婦を全然捕まえないじゃないか!」
「あなたの掌紋が殺人現場から出ている。このホテルとモーテルに行ったことはあるか?」
「記憶にないな」
しらばっくれる男に対して、フェリアはにっこりと微笑んだ。美しい顔立ちを利用するのは不本意ではあるが、使えるものは使っておかなくては。
フェリアの笑みに男性の視線がフェリアの顔に集中する。
「性病をうつした売春婦を探そうとしていたんですか?」
「あいつら、場所を変えて、なかなか見つからない。仲間同士なら知っているかと思ったんだ」
「殺す気はなかったんですよね?」
「そうだ。尋問して、私に性病をうつした売春婦を見つけ出したかっただけなんだ」
優しく甘い声で促すと男が自ら話し出す。
うつ伏せにしてクッションを押し付けていたのは、尋問していたためだったのか。抵抗できないような体勢になるように銃で脅して、尋問をする。
「相手は見付かりましたか?」
「さぁ、どうだろうな」
暗い笑みを浮かべた男の表情にフェリアはアスラの袖を引いた。一度取調室から出ようとするフェリアとアスラに、男が堂々と述べる。
「私が殺したと思っているんだろう? 私は交渉してやってもいいんだぞ」
その一言で、フェリアは全てを悟った。
取調室の隣りのマジックミラーの部屋に入ってから、フェリアはアスラとヴァルナに説明した。
「多分、あいつは自分に性病をうつした相手を突き止めて、監禁しているんだと思う。簡単に殺す気はなくて、拷問して死に追いやろうとしている」
「フェリア、奴の行動範囲を割り出せるか? 俺とヴァルナは尋問を続ける」
「すぐにラボに戻ってあいつの携帯端末のGPSを追ってみる」
既に三人女性を殺している男が、復讐のために女性を監禁しているのならば、女性の命は危険にさらされている。一刻も早い救出が必要だった。
警察ラボに戻ったフェリアは取調室に入ったときに預かった男の携帯端末をパソコンに繋いでここひと月の動きを調べていく。
二週間前のモーテルも、一週間前の安ホテルも、三日前のホテルにも、間違いなく行っていた。
「証拠は取れた。売春婦三人殺しの犯人はそいつだ」
アスラに連絡を入れると、アスラから重々しい声で返事がある。
「事件が発覚するのは分かっていたようだ。監禁している女性の場所を教えるから減刑しろと交渉している」
「減刑なんてさせるか! 俺が突き止める!」
三日前のホテルで男が情報を得たとすれば、そこから女性を攫って監禁しているはずだ。
フェリアが携帯端末のGPSを探っていると、事件の情報は共有しているアージェマーが足早にフェリアのデスクに駆け込んで来た。
「その男性の叔父の経営していた食肉加工工場がこの町の郊外にある。既に廃屋になっているだろうが、そこが怪しいと思う」
「もしかして、場所はここか?」
携帯端末のGPSの記録が示す郊外の住所とその住所は一致した。
「警察官にすぐにそこに救出に行ってもらう。ハルバートとセリカを筆頭に、管轄の警察官に出てもらおう」
これ以上は警察ラボの仕事ではない。
告げるアージェマーに、現場に出たい思いはあったけれど、フェリアは警察ラボに留まることを選んだ。
一時間もしないうちに、女性は解放されたと情報が入って来た。
腕や足を切られた状態で水につけられて拘束されて、失血と寒さで意識を失っている女性は、もう少し遅ければ命を落としていたという報告を聞いて、フェリアは胸を撫で下ろした。
連続殺人犯が掴まって、監禁されていた女性は病院で治療を受けて命に別条がないということで、警察ラボも警察官たちも胸を撫で下ろしていた。
「ガーディア捜査官、素晴らしい働きだったと聞きました」
日勤を終えて帰る準備をして、エレベーターまでの廊下を歩いていると声をかけられてフェリアは足を止めた。褐色の肌に黒髪を長い三つ編みにした黒い目の女性警察官。警察官の制服を着ているが、それが警察学校の制服を彷彿とさせる。
「えーっと、ルカ・ロッドウェル」
「そうです。覚えてもらっていて光栄です」
アスラとヴァルナが所属する警察署だけでは人数が足りず、他の管轄の警察署からも人員を借りたというのは聞いていた。それだけの大きな捕り物をしたのだ。
その捜査の中心にいたのがフェリアだということは知れ渡っているのだろう。
「俺だけの手柄じゃないよ。警察ラボと警察署で協力したからだ」
「謙虚なところも素敵だと思います。弟がお世話になっているみたいで」
「あぁ、すごく大人しくて穏やかで、全然世話とかそういう風には感じてない。二人でお喋りをしてるだけだ」
素直な感想を口にしただけなのに、ルカは目を見開いている。
「大人しい? 穏やか?」
「いい弟さんだね。君と似てる」
顔立ちは似ているが、自分を襲ってきた相手の顎を蹴り割るような激しさをカイも持っているのだろうかとフェリアは疑問に思う。持っていたところで、自分を守れない警察官は警察官として失格なので、当然だと思うだけだが。
「弟をよろしくお願いします」
「こちらこそ。楽しい時間を過ごさせてもらってるよ」
「それならよかったです。弟が何か失礼なことをしたら、私に言ってくださいね。私が弟の股間を引き千切りますから」
「それはやめてあげて」
明るい笑顔で言っているが、ルカならば本当にしかねないとフェリアは自分の股間が引っ込むような感覚を覚える。
「何があろうと、私はガーディア捜査官の味方です」
そこは、弟の味方しないんだ。
突っ込めなかったフェリアだった。
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