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16.カイが知るフェリアの秘密
自分の言動に、フェリアが頬を染めたり、目元を朱鷺色に染めたりする。両親も姉妹も自分もみんな肌の色が濃かったので、こんな風に顔色が変わるのを目の当たりにすることはなくて、カイはときめきを覚えていた。
最初の頃は年上の美しくしっかりとした捜査官というイメージだったが、今は可愛い印象すらあるフェリアに、カイは胸の高鳴りが止まらなかった。
夜にフェリアを思い出して眠れないというのも、嘘ではない。
それどころか、フェリアを思い出すと股間が反応して張り詰めて痛いくらいだった。
カイは男女どちらとも経験はない。
それだけにフェリアと体を重ねるにしても、どういう状況になるのか想像できなかった。
男性ならば当然後ろを使うのだろうし、フェリアが体が女性ならば女性器を使うのだろう。
体が女性で心が男性ならば、女性器を使うのを嫌がるかもしれない。その場合にはやはり後孔を使うのかもしれない。
そんなことを悶々と考えていると、フェリアとそういう関係になりたくてたまらなくなる。
夜中に起き出してカイはバスルームに入った。
寮の部屋は狭くてバスルームは特に狭い。
トイレと一緒になっているバスルームのバスタブに入って、シャワーカーテンを閉めて自分の中心を握る。これまで欲望が薄い方だと思っていたので、カイは自分で処理したこともなかった。
先端から滲む雫を伸ばすようにしてぐちぐちと握って擦っていると、フェリアの姿が浮かんできて、絶頂がやってくる。
白濁を吐き出して、シャワーで流している間、カイはものすごい虚しさに襲われていた。
本当ならばフェリアに触れて、フェリアを抱きたい。フェリアが抱かれることに抵抗があるのならば、口付けてお互いに触れるだけでもいい。
フェリアの手がカイの中心に触れたら、それだけでカイは達してしまうかもしれない。
それくらいにカイは張り詰めていた。
自分が妄想で汚した相手の車に乗って、マンションまで連れて行ってもらっている。
マンションで二人きりの状態で理性が持つのだろうか。
理性が焼き切れてフェリアを怯えさせてしまったら、フェリアとの未来がなくなってしまう。
自分のためにもカイは大人しくしておかねばいけなかった。
フェリアの部屋はマンションの最上階だった。
警察ラボの職員の給料ではとても買えないだろうというセキュリティのしっかりしたマンションの最上階の部屋は、一階を全部使って一部屋にしてあった。
通されたリビングの広さにカイは唖然とする。
「あ、ごめん。俺、素足派なんだ。玄関で靴を脱いでくれるか?」
「分かりました」
玄関で靴を脱いでリビングに入って、キッチンに行く。キッチンの冷蔵庫も大きくて立派なものが置いてあった。
「サーモンのマリネを作ってるから、それでサラダを作ろう。タラは臭み抜きをしてあるから塩コショウで味付けて焼けばすぐに食べられる。後は、付け合わせに豆とコーンのサラダを用意しようと思ってるんだけど」
「メニュー決まってるんですね」
「一人暮らしするときに、料理を習いに行かされたんだよ。俺が一人で野垂れ死なないか心配だったらしい。そこで習った料理だよ」
フェリアがタラを焼いている間に、カイはレタスを洗って、玉ねぎを薄切りにしてサーモンのマリネのサラダを仕上げた。続いて缶に入ったコーンと茹でた豆類を一緒にして豆とコーンの付け合わせも作る。
ついでにジャガイモを茹でて皮を剥いて、牛乳と塩コショウを混ぜてマッシュポテトも作っておいた。
「手際がいいな」
「俺が作らないと人死にが出る家庭だったんで」
「お姉さんは?」
「生焼けか炭でした」
端的に答えるとフェリアが笑ったのが分かった。
「中間はないのか?」
「ないんですよ。だから、俺が作ってました」
小さい頃から両親は仕事で忙しく、作り置きの料理を温めて食べていたが、そのうちに自分たちで作るようになって、姉の料理が生焼けか炭か、どちらかしかないと理解した。生焼けの鶏肉を食べたときにはカイは酷い症状で病院に入院までした。
それ以降カイは生命の危機を感じて自分で作っているという話をしたら、フェリアは目を丸くしていた。
「うちは特殊だったんだろうな。ハウスキーパーがそれぞれの食事を作っていた。作られた分は食べなきゃいけない決まりで、献立は母が決めていて、カロリーから量まで全部決められていた」
実験動物を飼育するような環境を想像してしまって、カイはぞっとした。フェリアはそんな状況で生きてきたのか。
「タラが焼けたよ。食べよう」
皿の上に焼けたタラの身を置いて、豆とコーンの付け合わせとマッシュポテトを添えて、サーモンのマリネのサラダと一緒にソファのローテーブルに持って行く。
「普通のテーブルなくて、ここで食事してるんだ」
「置く場所はありそうなのに」
「必要性を感じなかったから。ソファでテレビ見ながら買って来た食事とか、憧れてたからな」
「やってみてどうでした?」
「大したことなかった」
家ではテーブルに座って家族で別々の料理を食べていたというフェリアが、ソファでカイと同じ料理を食べてくれるのは胸が浮き立つような喜びがあった。
ソファに横並びに座って、二人で料理を食べる。
サーモンのマリネは味は濃い目だったがレタスと玉ねぎの千切りと一緒に食べるとちょうどいい。タラは小麦粉を叩いて焼いていたようで、外側がカリカリになっていて、皮まで美味しかった。付け合わせも問題なく美味しくできていてカイは安心する。
「美味しい。フェリア様、料理上手ですね」
「カイも料理上手だな」
「フェリア様のためならいつでも作りますよ?」
「一緒に食べてくれるか?」
「もちろんです」
甘えるようなフェリアの言葉に即答すると、フェリアが顔を歪めて笑みを浮かべる。
「家を出てからこういう風に誰かと食事をしたのは初めてなんだ。部屋に誰か呼んだのも、初めてかもしれない。アスラとヴァルナは呼ばなくても来るけど」
「お兄さんたちはフェリア様のことが大事なんですね」
「偏愛されてる、のかな。特にヴァルナには」
偏愛されているという言葉に苦い響きを感じ取って、カイはフェリアの手を取った。女性のものとは違う雰囲気の骨張った手だ。顔立ちはどちらか分からないくらい美しくて、身長は成人男性のそれで、体付きは細身のフェリア。
――ただ、普通の男性じゃないことは頭に入れておいた方がいいわね。
姉のルカの言葉が頭を過る。
フェリアがどういう体なのか、カイは全く知らないままにフェリアの部屋に来ている。
「抱き締めてもいいですか?」
食後、皿をシンクに持って行った後で、リビングに戻ったフェリアにカイは声をかけた。こくりとフェリアの喉が鳴った気がする。
「いいよ、おいで」
緩く両腕を広げて招かれて、カイはフェリアの身体を抱き締める。カイよりも細いが骨格はしっかりとしている。女性寄りか男性寄りかといえば、男性寄りなのかもしれない。
「キスをしてもいいですか?」
一つ一つ確かめるようにカイは段階を踏んでいく。
問いかけの返事代わりにフェリアはカイの頬を撫でて、唇を重ねて来た。柔らかな感触に股間に熱が集まる。
そこが硬くなっていることは、密着しているフェリアも気付いたのだろう。
フェリアが一度身体を離してソファに座った。
張り詰める股間は痛いくらいだが、カイはぐっと我慢してソファに座る。太腿で挟むようにしてそこを隠しているが、股間が警察学校の制服の下半身を押し上げているのはバレバレだろう。
「こういうことをする前に話すべきだった」
「なんですか?」
「俺の体のことだ。カイは俺の体のことについて何か聞いているか?」
真剣な表情で問いかけられてカイは素直に首を左右に振る。
「姉は何か知っているみたいでしたが、俺はフェリア様の口から聞きたいと思って、聞きませんでした」
「そうか……どう説明したらいいんだろうな」
説明に迷うフェリアに、カイは股間に集まる熱を振り払うように、必死に言う。
「フェリア様がどういう体でも、俺が好きになったのはフェリア様という人格です。それに変わりはありません」
「ありがとう。それじゃ、話させてもらうよ」
姿勢を正したフェリアに、カイも姿勢を正したかったが、張り詰める股間がそれをさせてくれなかった。
「俺の染色体はXXYで、男性でも女性でもある。男性の性器と女性の性器を俺は持っているんだ。他人のは検死解剖でしか見たことないけど、基本的に同じだと思う」
男性の性器と女性の性器を同時に持っているのならば、性別が自認男で、はっきりと言い切れない理由も理解できる気がした。
「フェリア様の自認は男性なのですよね?」
「そうだ。俺は自分を男と思っている」
「そうなると、女性器に触られるのは嫌なんですか?」
ここまで話してくれたということは、フェリアがカイとの性行為を考えてくれていると思っていいだろう。
そうなると、カイは先に確認しておかなければいけないことがあった。
「分からないんだ。そういうことを一切したことがないから。触られて嫌なのかどうかも分からない」
「えーっと、男性ならば肛門で性交をしますよね? そちらの方がいいとかいう考えはあるんですか?」
「いや……肛門は入れるところじゃなくて出すところだろ? ちょっとそこを使うのは想像できないな」
フェリアが医者の資格も持っていて、カウンセラーということもあって、話題がどうしても具体的になってしまうのだが、カイもフェリアも真剣だった。
「|避妊具《ゴム》とかローションとか持ってるか?」
フェリアの問いかけにカイはぶんぶんと首を左右に振る。
こういうことなら買っておけばよかったと酷く後悔する。
「ドラッグストアに行こう」
「それって……」
「やってみてもいいってことだよ」
車の鍵とマンションの鍵を手に取ったフェリアに、カイはソファから立ち上がって前屈みの姿勢でよろよろと歩き出した。
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