19 / 30

19.突然の乱入者

 下着一枚でカイの腕に抱き締められて眠った。  素肌が触れ合うのがこんなに心地いいのは、フェリアがカイを好きだからなのだろう。  事件で出会ったときには、ただの巻き込まれた警察学校の生徒だったカイが、カウンセリングを経て、一緒に食事をする関係になり、昨夜は一緒に料理を作って、体を交わした。  色気のある行為だったかどうかは分からない。  気持ちよかったかどうかも分からないけれど、カイは達していたので悪くはなかったのだろう。  初めてのことばかりだったが、カイと経験することは何もかも楽しかった。  急に生理になってしまったが、それも細かく心遣いをしてくれて、フェリア一人だったら対処できなかっただろうから、カイがいてくれてよかったと思った。  カイに抱かれてフェリアは女性としての機能が動き出した。  性自認は男性だが、女性器を使うことに抵抗はなかったし、カイとの間ならば赤ん坊も欲しいと思ってしまった。  目を覚ますとカイはまだ眠っていた。暖かい腕の中から逃れるのが嫌で、じっと留まっていると、カイの目が開く。  アーモンド形のエキゾチックな目が、何度か瞬きをしてフェリアを見詰める。じっくりと至近距離で見ていなかったが、カイはフェリアとは違うエキゾチックな整った顔をしている。 「おはようございます」 「おはよう。何か食べるか?」 「まずは服を着ましょう」  暖かい素肌が離れていくのは名残惜しかったが、何も食べないわけにはいかない。服を着てキッチンに立つと、フェリアは冷凍庫からパンを取り出す。 「パンをトースターで焼いて、スクランブルエッグとベーコンくらいでいいか?」 「それなら、こうしましょう」  フェリアの提案に、カイが冷蔵庫をあさってマヨネーズを出す。パンの耳の上をなぞるようにしてマヨネーズを出した後に、マヨネーズの枠の中に卵を割り落として、チーズと千切ったベーコンをかけていく。  トースターにマヨネーズの枠に卵を割り入れてチーズと千切ったベーコンをかけたパンを入れて焼けば、簡単に朝ご飯が出来上がってしまった。 「これ、便利だな!」 「これだとフライパンも使わないし、なんなら、トースターから出して手で持って食べれば皿も使わないんで、楽なんですよ」 「カイは料理上手だな」 「手抜き料理ですけどね」  笑いながらパンが焼けるのを待って、トースターから取り出して、そのまま手に持って食べる。熱々のパンに蕩ける卵の黄身とチーズ、カリカリのベーコンがマヨネーズで味付けされてとても美味しい。  はふはふと熱さに吹き冷ましながら食べて、フェリアはカイと自分のためにミルクティーを入れた。コーヒーでもよかったのだが、しばらく家で入れていないのでティーバッグの方が楽でよかったのだ。  ソファでミルクティーを飲んでいると、カイがフェリアの肩を抱く。抱き寄せられてフェリアはカップをローテーブルに置いてカイの唇にキスをした。  甘い時間に浸れると思ったのに、突然の乱入者にそれは破られた。 「フェリア、休みを取っているんだって? どこか体でも悪いのか?」 「ヴァルナ、勝手に入って来るなよ!」  鍵を変えても何とかして入って来るヴァルナの存在に、フェリアは何となく来そうだとは思っていたが、髪を結んでもいないカイとソファで二人でイチャイチャしているときに来られるとは、相当苛立ちを覚えていた。 「ヴァルナ、待て」 「ちょっと、フェリア、その小僧はなんだ? なんでここにいる?」  ヴァルナの後ろから来たアスラがヴァルナを止めようとしたが、それより早くヴァルナはカイの胸倉を掴んでいた。ソファから立ち上がらされて、ヴァルナよりもずっと背の高いカイは平然としている。 「カイ・ロッドウェルです。フェリア様とお付き合いをさせてもらっています」 「はぁ? お前、警察学校の生徒だろう? まだ一人前にもなってない身で、俺のフェリアに手を出したのか?」 「一人前になっていればいいんですか? それなら、後一年と少し待ってもらえれば、警察学校は卒業します」 「そういう問題じゃない! フェリアに何をした!」 「恋人同士として普通のことしかしていません」 「フェリアは普通の身体じゃないんだぞ! 小僧、お前が触れていい相手じゃない!」  怒涛のように詰め寄るヴァルナにも、カイは凛として返事をしている。現役の警察官で凶悪犯の尋問もするヴァルナは、警察署でも恐ろしいと言われていた。 「ヴァルナ、カイから手を離せ」 「フェリア、お前は騙されてるんだ。こいつはお前の顔と体目当てなんだよ!」  兄が弟を心配しているといっても、言っていいことと悪いことがある。思わずフェリアが手を振り上げる前に、カイがヴァルナの手を振り払った。 「俺はフェリア様のことを本気で考えているんです。生涯、フェリア様と一緒にいたいと思っているんです。俺はこれまで誰も愛したことはなかった。それはただ、運命に出会えていなかっただけなんです。フェリア様に出会って、フェリア様を愛して、俺はフェリア様に命も懸けられる!」  振り払われて床の上に尻もちをついたヴァルナが立ち上がってカイの頬を引っぱたいた。叩かれてもカイは揺らぎもしなかった。 「ヴァルナ、帰ってくれ。俺はカイを愛してる。カイが俺を愛してくれてるように。俺の人生は俺のもので、『ヴァルナの弟』として生きてるわけじゃないんだ。俺はフェリア・ガーディアとして生きてる。ヴァルナが何と言おうと、俺は俺の好きに生きる。俺の身体も心も、俺のもので、俺が許した相手に触れさせることに躊躇いはない!」  言い切ったフェリアをヴァルナが泣きそうな赤い目で見つめている。  アスラがヴァルナの肩を掴んだ。 「帰ろう、ヴァルナ」 「嫌だ! なんで俺のフェリアが! あいつのせいで俺のフェリアがおかしくなった」 「おかしくなってない。フェリアは最初から、お前のものじゃなくて、フェリア自身のものだったんだよ」 「違う! フェリアは俺の弟だ! 俺が大事に守って来た弟だ!」  喚くヴァルナだが、アスラの方が体格がいいので軽々と担がれて連れて行かれてしまう。  アスラとヴァルナが出て行った後で、玄関の鍵を閉めてチェーンもかけて、フェリアは深くため息を吐いた。 「俺の兄がすまない」 「いいえ、フェリア様の意思ではないと分かっていますから」 「こんな面倒な兄がいて嫌にならないか? 俺と付き合うってことは、できるだけ遠ざけてもあの兄が絡んでくることもあるってことだぞ?」 「フェリア様とお兄さんは別です。フェリア様はフェリア様として俺を好きになってくれた。俺に全てを許してくれた。俺はそれを信じるだけです」  抱き寄せられて手を取られ、手首に口付けられてフェリアは目を閉じた。 「愛しています、フェリア様」 「カイ、格好よかった……」 「まだまだ若造なのは分かってます。でも、いつかはフェリア様と家族になりたい」  家族にと言われて、ヴァルナの顔が浮かんで苦い表情になったフェリアに、カイが付け加える。 「家族は自分で選んでいいんです。自分で選んで作った家族と幸せになればいいじゃないですか」 「その家族に俺を選んでくれるんだな?」 「フェリア様は俺を選んでくれますか?」 「もちろん」  答えてからフェリアは下腹部を押さえる。  これまで妊娠や出産の可能性を考えていなかったので放置していたが、どちらとも持っているとなると、妊娠や出産を考えれば治療が必要になるのは実家の母から言われていたことだった。 「俺、病院に通ってみるよ」 「どこか悪いんですか?」 「俺の身体で妊娠できるようになるか、ちゃんと調べて、治療する」  どちらとも持っているからだというのはホルモンバランスも微妙だし、どちらかを取る決断もしなければいけないかもしれない。とりあえずは初潮が始まって、女性器が機能しだしていることは確かなのだから、フェリアはそちらに賭けたかった。 「ずっと、俺には結婚も恋愛も縁のないものだと思ってた。カイが現れて、俺を愛してくれて、俺はカイとの間に赤ん坊を持つ未来を考え始めてる。カイ、傍にいてくれるか?」  ボルゾイのプリンスは十六歳のときに亡くなった。  ラグドールのプリンセスは亡くなってからまだひと月も経っていない。  ペットはフェリアよりも先に死んでしまうけれど、カイはフェリアよりも若いし、フェリアは中途半端な体で寿命がどれくらいあるかも分からない。  カイは先にいなくならないだろう。  それがフェリアにとっては救いだった。

ともだちにシェアしよう!