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20.騒動の後で
フェリアは女性器と男性器を持って生きてきたが、自認は男性で、女性として生理を経験するのも初めてということで、カイはフェリアと共に携帯端末で生理のことを学習した。
姉妹に聞いていた基礎知識はあったが、カイも生理を経験したことがあるわけではない。実際に経験するとどういう感じなのかは想像ができなかった。
「姉と妹は、『お腹が痛い』『出血量がエグイ』『デリケートゾーンが蒸れる』とは愚痴ってましたね」
「それな。なんか、股間がべたべたする感じがして、気持ち悪いんだよ」
「経血が出てるからだと思います。ナプキンで吸っても体に付いてる分はどうしようもないから、ナプキンを変えるときに洗ったらいいと思います」
カイの家はバスルームとトイレが一緒なので、すぐにシャワーで流せたのだが、フェリアの部屋はバスルームとトイレは別だ。
「シャワー便座を付けておいたんだが、ビデってこういうときに使うのか」
「あぁ、ビデってそういう意味だったんですね」
「職場の多目的トイレのシャワー便座にもあるよ」
成人過ぎた男性が二人、生理のことについて真剣に話し合っているというのもシュールな姿だが、フェリアの身体は特殊なのだから仕方がない。
「お腹がチクチク痛むかも」
「ホットミルク作って来ます。温めて、鎮痛剤飲んで、少し休むといいですよ」
「何から何まですまない」
「気にしないでください。慣れてます」
姉妹に鍛えられたことがこういう時に役に立つとは思わなかった。
電子レンジで牛乳を温めてカップに注ぎ、カイは鎮痛剤と水も用意してフェリアの座るソファに戻った。
温かい牛乳を吹き冷まして飲んでから、フェリアは鎮痛剤を飲んで、トイレに行ってベッドに入った。
カイも寄り添うようにしてベッドに寝そべる。
「トイレの棚にナプキン入れてくれたのカイだよな? すごく便利だった。俺、持って行き忘れちゃって」
「姉と妹がそうしてたんですよ。あると便利でしょう」
「ありがとう」
初めての経験に対してフェリアは若干落ち込んでいるような気配が見える。生理中には感情のコントロールも難しいと姉と妹が言って、カイに当たっていたのを思い出す。
「初めてのことですもんね。俺でできることなら何でもします」
「ありがとう、カイ。鎮痛剤が利いてきたら、お昼ご飯を作ろう」
布団を被ったままでうとうとと眠りながらフェリアがカイの胸に顔を擦り付けて来る。フェリアの淡い金色の髪に指を差し入れて、カイはフェリアの額にキスをした。
目を覚ましたフェリアはもう痛みはないようで、起き上がってキッチンに立とうとしていた。それをカイがそっと止める。
「俺、作りたいものがあるんです」
「うちの冷蔵庫の材料で間に合うかな?」
「充分ですよ」
冷凍庫にバゲットが入っていたのは確認していた。バゲットを切って、卵と牛乳と蜂蜜の液に浸して、フライパンで焼く。味を変更できるように、蜂蜜ではなく塩コショウを振ってチーズをのせたものも作った。
「具合が悪くて食欲がないときには、妹はいつもフレンチトーストを作ってほしいって言うんです。でも姉は甘いものはご飯と思えないって言うから、塩コショウとチーズの分も作って出してたんですよ」
「すごく美味しそうだ。コーヒーを入れよう」
「カフェインは生理中にはあまりよくないんですよ。ホットミルクにしましょう」
「俺はいいけど、カイは物足りなくないか?」
「フェリア様と同じものが食べたいんです」
電子レンジで牛乳を温めてカップに注いで持ってくると、フェリアが微笑んで「ありがとう」と言ってくれる。
甘い蜂蜜味のフレンチトーストも、塩コショウとチーズの味のフレンチトーストもフェリアはどちらも食べてくれた。
「甘くないフレンチトーストもいいもんだな。美味しいよ。甘いのとしょっぱいので無限にいけそうだ」
「フェリア様が気に入ってよかったです」
食べ終わってフェリアが食器を食洗器に入れてソファに戻ってくる。カイがしたかったのだがこれはフェリアが譲らなかった。
「噂のカイのお姉さんと妹さんに、ご挨拶をしたいんだけど。ご両親にもご挨拶がしたい。息子さんと真剣に付き合ってることをちゃんと伝えたい」
もうほとんど冷めたホットミルクを飲みながらフェリアが自分の立ち位置を明確にするように言う。真面目な大人としてフェリアが自分と向き合ってくれていることにカイは喜びを感じていた。
「もちろん、カイが嫌ならご家族とは会わなくてもいい」
「嫌じゃないです。嬉しいです」
付け加えたのは、今朝のヴァルナとのことがあったからだろう。フェリアは自分からは家族に会って欲しいとは言わない。それが全ての答えのような気がする。
「姉とは知合いですよね?」
「警察ラボで会ってる。ルカ・ロッドウェルは有名だ」
「妹はイヴァっていって、高校生です。俺が恋人を連れて帰るって言ったら、びっくりするだろうなぁ」
「しかも俺みたいなのだからな」
「美しすぎますからね」
「そこ!?」
心の底から本音しか言っていないのだが、フェリアの言った意味は違ったようだ。自分の体のことを心配しているのならば、そういう心配は全くいらない。
「フェリア様の美しさに驚くことはあっても、フェリア様が複雑な体だということに関しては、理解があると思いますよ」
特にルカは既に知っている様子だった。
ルカ伝いで両親やイヴァにもふんわりと伝えてもらっておけば、深入りするようなことはしない家庭だと分かっている。
フェリアがどんな家庭で育ってきたかは、ヴァルナとアスラを見ればなんとなく想像がつくが、カイの家庭はごく普通の仲のいい家庭で、息子の恋人が男性であれ女性であれ、どちらでもないとしても、話をすればちゃんと分かってくれるとカイは信じていた。
「治療の件なんだが……」
「心配なことがあるんですか?」
「多分、どちらとも持ってると、ホルモンバランスが崩れてて、妊娠までできない可能性があるとは言われてたんだよな」
「それって、どういう意味ですか?」
「どちらかを選んで、片方を切除しなきゃいけないかもしれないってことだ」
フェリアが妊娠を望むのならば、女性としての機能を発達させるために男性器は切除しなければいけない。切除と聞くとカイには抵抗感があった。
「フェリア様にとっては、生まれてからずっとその体だったんでしょう? 手術で変えてしまう方が違和感があるのでは?」
「でも、子どもは欲しいんだ」
目を伏せるフェリアの睫毛の長さに見惚れながらも、カイはフェリアの肩を抱いて引き寄せる。
「医学は進歩しています。フェリア様のお体をできるだけ傷付けないように、ホルモン剤等で治療ができるかもしれません。俺は子どもがいたら嬉しいとは思うけれど、フェリア様が自分の体の一部を失ってまで欲しいとは思いません。何なら、養子をもらう選択肢もあります。とりあえずは、どこも切除しない方法を考えてもらいましょうよ」
「そうだな……。俺は理解あるパートナーを得られて幸せだ」
「俺も、フェリア様にパートナーだと思われて幸せです」
出会ってから一か月程度しか時間は経っていないが、カイにとってはフェリアはなくてはならない相手となったし、フェリアにとってもカイは大事な相手として認識されている。
密度の濃い一か月だったが、カイは無事にフェリアと結ばれることができた。
「生理って、一週間くらいで終わるんだろう。来週末も寮に外泊届を出しておくんだな」
真剣な表情から、ちょっと悪戯っぽく笑ったフェリアに、カイは目を輝かせる。
「それって……」
「やり直しをしよう。中断されたから、俺も満足してない。次は満足するまで抱き合うんだ」
またあの艶っぽい声で「おいで」と言ってカイを招いてくれるのだろうか。考えるだけで股間に血が集まる。
抱き締めるフェリアの体の感触を、もうカイは知っている。誰も触れたことのないフェリアの深い場所に、カイはただ一人触れることを許された。
「楽しみにしてます」
フェリアを抱き寄せると、フェリアは大人しくカイの肩に頭を預けていた。
夕食は外食をして、フェリアはカイを警察学校の寮まで送ってくれた。
離れがたかったが、カイは明日からまた授業がある。車の中でフェリアにキスをして、カイは名残惜しく警察学校の寮に戻った。
寮の夕食は断っていたが、食堂の前を通るとツグミが声をかけて来る。
「カイ、車で美人が送って来てるって噂になってるぞ」
「まぁ、あの方は美しいから仕方がないな」
「今週末はどうだったんだよ?」
警察学校から一緒のツグミは、彼女がいた期間もあるとカイは記憶にある。
彼女ができても長続きしなくて、次の彼女もできない状況でツグミは「俺が悪いのかな」と悩んでいた時期もあった。
カイとしてはツグミは非常に心優しいし、気遣いもできるので優良物件だと思っているが、恐らくツグミの方が理想が高いのだと判断している。
ツグミが付き合う女性は大抵顔がよくて成績がいいのだ。
「俺は最高の週末を過ごしたよ」
「あー! 羨ましいー! カイも遂に童貞を捨てたか」
「その辺に関しては、ノーコメントで」
バレバレだろうがカイがにやりと笑って答えると、ツグミが更に「羨ましい!」と悶える。
次の週末が今から待ち遠しいカイだった。
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