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21.治療の方針

 恋人ができたら今まで気にならなかったことが気になったりする。  フェリアの部屋のベッドは、大きめのクィーンサイズで、プリンセスが布団に入って来ても、ベッドを半分占領しても、フェリアは眠れるようにしていた。  フェリアは百七十八センチのそこそこ長身の男性で、カイは百九十センチ近くある長身の男性だ。ほっそりとしているフェリアに比べて、カイは体付きもしっかりしている。 「ベッド、狭くなかったかな……」  プリンセスと寝るのとは全く違う夜。フェリアの方はカイに抱き締められて健やかに眠ったのだが、カイの方は狭かったりしないか気になる。  バスルームも広いはずだが、カイと一緒に入るとぎゅうぎゅうになってしまっていた気がする。 「リフォーム……いや、体の治療にいくらかかるか分からないし」  せめてベッドだけでも買い替えるかと考えて、週末にカイが来たときには一番にその相談をしようとフェリアは決めていた。  病院に行ったときに、自分の意思をはっきりと伝えられたのはカイのおかげが大きかった。  フェリア一人の意見だったら、男性器を切除する選択肢を出されていたら、素直にそれに従ったかもしれない。 「生物学的におかしい体なのかもしれませんが、俺はこの体で二十八年間生きて来ました。この体が俺にとっては普通なんです。どこも欠けさせたくない。その方向で治療ができないでしょうか?」  血液検査とホルモンバランスの検査を終えて、医者に真剣に話をすれば、医者の方は検査結果を見て考えている。 「今の状態のガーディアさんは、女性器がようやく成熟の兆しを見せていて、男性器は成熟していない状態です。このままホルモン治療を始めたら、男性器は一生成熟しないままになりますが、それは平気ですか?」 「それに関しては問題ありません。これまでもそうだったので」 「それでよければ、切除しなくても男性器をつけたままで女性器の成熟を促すことができると思います。男性器が元々機能していなかったので、そのままでいいのならば、薬の調整だけで女性器の成熟を促してみようと思います」 「よろしくお願いします」  男性器を持っているということは、フェリアはそこを使って排尿をしていた。今更男性器を切除して排尿の方法を変えるなど考えられなかった。  逆に言えば、男性器は排尿のためだけに使っていればいいので、成熟させる必要はない。  触れれば芯を持つことはあるが、決して精を吐き出すことのなかった男性器が、本格的に使い物にならなくなるというのは抵抗がないわけではないが、フェリアは子宮と卵巣を使うことを選択した。  かつての医学だったら切除しなければどうしようもなかったのかもしれないが、医学は日々進歩している。フェリアは体に傷を付けることなく妊娠できる方向で医者と話し合いが纏まった。  週末にはカイが来て、また甘い時間を過ごす。  フェリアの携帯端末にはヴァルナからの電話が何件も入っていたが、フェリアは基本的にそれを無視していた。警察ラボの事件に関することならば、アスラから連絡が来るはずだ。  自分を偏愛するヴァルナには悪いが、アスラからの連絡以外を受け取ろうとは思わなかった。  カイはフェリアに家族を自分で選んでいいと言ってくれた。  小さい頃から自分はどうして友達ができないのか、フェリアは不思議だった。気さくに話しかけて、その日は楽しく遊んで学校から帰るのに、次の日にはその子はフェリアに近付いてこなくなっている。  もう少し大きくなってから、フェリアが遊んだ子にヴァルナが声をかけて、フェリアとは遊ばないように警告していたことを知って、フェリアはヴァルナを怒鳴り付けた。  怒りのままにヴァルナに自分がどれだけ孤独だったか、友達と遊びたかったか訴えても、ヴァルナはそれを聞き入れてくれなかった。 「フェリアには俺たちがいればいい」  兄のトールやアスラがフェリアを偏愛しているわけではない。弟のラヴィもフェリアに対してはフラットな感情しか抱いていない。それなのに、ヴァルナは家族の中だけで全てを完結させようとしていた。  アスラに彼女ができたときも、結婚したときも大変だった。アスラは自分の選んだ恋人を守り通したし、結婚式にはヴァルナが入れないようにトールとフェリアとラヴィでヴァルナを止めていた。  結婚してアスラが妻と暮らしだした後も、ヴァルナはアスラの妻を脅迫して追い出そうとしたのだが、アスラの妻も負けていなかった。強くしっかりとした義姉。  だからこそアスラは彼女を選んだのだとフェリアは痛感した。  実際に自分に恋人ができて、フェリアはカイの強さと優しさに救われていた。  カイもヴァルナの前に立って、一歩も退くことがなかった。カイの方がヴァルナよりも八つも年下で、ヴァルナは現役の警察官で、カイは警察学校の生徒という差があるのに、カイはヴァルナの脅しに負けなかった。  カイだからこそフェリアは自分の体を許したのだが、それが間違っていなかったと実感できる瞬間だった。  ロッカールームで上着を脱いで、白衣に着替えているとパーシヴァルが携帯端末を手に入って来た。 「ガーディア、週末休みにシフトを変えたんだな」  シフト表は全員が共有できるようにデータを警察ラボのコンピューターに上げている。 「そうなんだ。付き合ってる相手が、曜日通りの休みだから」 「へぇ……。じゃあ、僕も週末休みに変えるよ」 「助かる、パーシー」  パーシヴァルとは組むことが多いのでシフトはできるだけ合わせていた。警察ラボは基本的に二人で行動しなければいけない。  近寄りがたいのか、フェリアと組んでくれる相手がなかなかいないので、フェリアはほとんどパーシヴァルとペアのようになっていた。アージェマーもいるのだが、アージェマーは研究者気質で、現場に出て採取するよりも、警察ラボで運ばれて来た証拠品を検査する方が得意なのだ。 「カウンセリングしてた子? 結構イケメンだったじゃん」 「カウンセリングも終わったし、お互いに個人的に会っても構わないと思って」 「いいと思うよ。ガーディア、活き活きしてる」  ヴァルナに反対されただけに、パーシヴァルの祝福は心に染みる。 「人生が楽しいと思ってる。恋ってすごいな」 「ガーディアの口から『恋』とか出るなんて信じられないけどね」  笑われてしまったが、フェリアははたから見ても幸せそうに見えるのだろう。  生理は五日で出血もなくなって、落ち着いた。  医者の話では排卵はあっていないとのことだった。  生理が始まってから数年間は、普通の女性でも無排卵で生理が起きる。排卵があるのはもっと体が成熟してからの話だという。  フェリアは一応大人だが、女性としての機能が成熟し始めたのはカイと関係を持ってからなので、投薬で治療をしても排卵があるまでは数か月はかかるという。薬を飲んでも排卵が起きなかった場合には、また次の手を考えるとは医者は言ってくれていた。  週末までにフェリアは冷蔵庫をいっぱいにしておく。  冷凍庫にもパンや肉類や下処理した野菜類が詰まっている。  フェリアは普通に食べる方だと思っていたが、カイに比べたら半分くらいしか食べない。体格がいいことも、若いこともあってカイは非常によく食べる。  カイのお腹を満たすだけの食材を入れておくうちに、フェリアは自然と簡単なものを自分で作って食べるようになっていた。外で買って来たものよりも、自分で作ったものの方が美味しいと気付いたのだ。  週末、警察学校の寮にカイを迎えに行くと、カイは玄関の前で薄茶色の髪の背の高い男性と話していた。カイと同じくらいの身長のあるその男性は、フェリアが車を停めたのを見て、近付いてきた。 「ツグミ・ギアです。カイの親友です」 「フェリア様、俺の友達です。警察学校に入学したときに、偶然隣りの席になって、それ以来仲がいいんです」 「初めまして、フェリア・ガーディアだ」 「すごい! 声まで格好いい!」  ツグミに驚かれているが、普通の声だと言おうとする間もなく、カイがツグミを押し退ける。 「約束通り紹介したんだから、もう邪魔をするなよ」 「はいはい、分かったよ。あー羨ましい」 「羨ましいだろ? フェリア様は最高なんだ!」  こういう風にカイが年相応に話しているのを見たことがなくて、フェリアは目を丸くする。悪ガキ同士といった様子のカイとツグミは本当に仲がいいのだろう。  カイの新しい一面を見られた気がして、フェリアは嬉しかった。  車に乗り込んで来たカイがシートベルトを締めながらフェリアに謝る。 「どうしてもフェリア様に紹介しろってうるさくて。すみませんでした」 「いや、友達に紹介してくれるとか、嬉しいよ」 「そうですか? うるさいやつですみません」 「カイが可愛かった」  くふっと笑うとカイが恥ずかしがっているのが分かって、フェリアは内心でカイの可愛さを噛み締める。  堂々としてフェリアと対等であろうとするカイも格好よかったが、年相応に友人とはしゃぐカイも可愛くてフェリアには眼福だった。

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