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23.カイの髪の理由

 体力の限りに抱き合って眠るのは、本当に心地よかった。  カイが手加減せずにフェリアを抱いている様子は、必死になっていて可愛かったし、フェリアも気持ちよさに喘いだ。  コンドーム越しにたっぷりと注ぎ込まれて、フェリアは満足してカイの胸に擦り寄る。疲れ切ったカイはシャワーを浴び直してシーツを替えたら眠ってしまったが、フェリアは少しの間カイの寝顔を見ていた。  長い黒髪をきっちりと三つ編みにして、フェリアのことを荒々しくも優しく抱いた男。  意外と睫毛が長いとか、鼻筋が通っているとか観察して、カイが男前なことに満足してフェリアも目を閉じる。カイの胸は逞しく、力を抜いていると柔らかくて顔を埋めるのにちょうどよかった。  目が覚めてからカイとフェリアは歯磨きをして、キスをして、キッチンで朝食を作る。朝食でもカイは大活躍だった。  パンにケチャップを塗って、切ったソーセージや玉ねぎやトマトを乗せて、チーズをたっぷり乗せてピザパンをトースターで焼いてくれた。  カイがピザパンを焼いている間に、フェリアはコーヒー豆を出して電動コーヒーミルで挽いてコーヒーを入れた。  挽きたてのコーヒーのいい匂いが、ピザパンの匂いと混じって部屋に広がっている。  朝ご飯を食べるとソファに座ったカイの足の間に座ってみる。後ろから抱き締められているようで心地よくて目を閉じると、カイが首筋やうなじにキスをしてくる。  振り返ってフェリアは首筋を手で押さえた。 「くすぐったいよ」 「フェリア様が無防備だから触りたくなるんです」 「ベッドに行ってもう一戦するか?」 「そこまでは」  そこまでしてしまうと一緒に過ごす時間が全部抱き合う時間になってしまうと遠慮するカイだが、自分で言いながらもちょっと残念そうな顔はしていた。 「カイの髪はなんでこんなに長いんだ?」  これだけの長さだとかなり小さい頃から伸ばしていなければここまでならないだろう。三つ編みの先を触りながら問いかけてみると、カイが長い話をしてくれた。 「俺のルーツは中央アジアにあるらしいんですが、そこで、毒の吹き矢を使う部族がいて、その部族との戦いの場で吹き矢で剥き出しの首を狙われないように髪を伸ばして首に巻いてたって話があるんですね。これは両親から聞いた話だから歴史的に合ってるのか分からないんですけど」 「あ、その部族聞いたことある」 「本当ですか? それと、俺のルーツの部族は平和的だったらしくて、敵の首を取る代わりに髪を切っていたというのもあって。それに、純粋に髪があると首を切りつけられても守られるっていうのもあるんですよね」 「歴史的な風習のために伸ばしてたのか」 「警察学校では入学のときに切れとは言われたんですが、こういう理由で宗教的なものもあって切れないって言ったら許してもらえました。俺とルカが小さい頃から警察官に憧れてたから、両親は守られるように小さい頃から髪を切らないで伸ばしていてくれたんです」  そういえばカイの姉のルカも長い髪をしていた。思いだしてフェリアはそれがカイとルカの両親の愛情なのだと思うと、ますますカイの髪を大事にしなければと思う。 「俺、カイの髪好きなんだ。解いてるのも好きだよ」 「そうですか? 寝てるときにも踏むと痛いから、基本的に三つ編みのままなんですよね。フェリア様が好きなら、部屋では解いておきます」 「邪魔じゃないか?」 「邪魔なときには括ればいいですから」  ふわふわの猫毛のフェリアと違って、カイの髪は硬くて太くて黒々としている。髪質だけでもこれだけ違うのかと思いつつ、解いたカイの髪に指を通してフェリアは目を輝かせる。 「すごい! さらさらだ!」 「癖はないんですよね。フェリア様も髪に癖はないですよね」 「俺は短いからな。そうだ。そういう理由があるなら、子どもが生まれたら髪を伸ばさせてあげなきゃいけないな」  カイの髪に歴史的な意味があるのならば、カイの子どもにもそれは引き継いでほしい。治療がうまくいかなければカイは養子をもらえばいいと言ってくれているが、養子をもらった場合でもフェリアは自分とカイの子どもになったからには髪は伸ばさせてやりたいと思っていた。 「いい話を聞いた。中央アジアの歴史にも興味がわいた」 「すごくマイナーな部族だから、歴史資料が残ってるか分かりませんよ」 「中央アジアの歴史展とかあったら、一緒に行こうな」  言ってからフェリアははたと気付く。  自分がインドア派なのでカイとの時間を部屋でゆっくりと過ごしているが、カイは行きたいところや見たいものはないのだろうか。  普段は現場と警察ラボを行ったり来たりして、証拠採取や証拠の検査をしているフェリアだから、休日になるとプリンセスと思う存分遊んでやりたい気持ちと、どこにも行きたくない気持ちが勝っていた。 「俺がインドア派だからつい部屋で過ごしてたけど、カイは行きたいところとかないのか?」 「ないと言えば嘘になりますけど、今はフェリア様と過ごしたいです」 「参考までに行きたい場所を教えてくれるか?」  しつこく聞いてしまっている自覚はあったが、フェリアが問いかけると、カイは少し躊躇ってから教えてくれた。 「射撃場は、俺が射撃が苦手なので練習しなきゃいけないなと思って行きたいです。後、来月から始まる絵画展には行きたいかな」 「カイは絵画が好きなのか?」 「油絵の歴史人物の肖像画が好きなんですよ。あの独特の雰囲気とリアルな美しさが」 「俺も美術館や博物館は大好きだ。来月の絵画展には一緒に行こう」  チケットを予約しておくと携帯端末を見て、ヴァルナから連絡が入っているのに気付いて、フェリアはそれをそっと無視した。しつこいヴァルナはまた仕掛けてきそうだが、もう二度と勝手に部屋に来ないで欲しいこと、勝手に部屋に来たら縁を切ることははっきりと言ってあるので、カイとの時間は安全のはずだった。 「フェリア様、どうかしましたか」 「いや……カイ、その『フェリア様』って何とかならないか?」 「え? フェリア様はフェリア様です」 「俺とカイは恋人同士で対等だろう? 確かに俺は年上かもしれないけど、普通にフェリアって呼んで欲しい」  恋人から「様付け」されるのは普通ではないと主張するフェリアに、カイは小さく頷いた。 「フェリア様……じゃない、フェリアがそう言うなら」 「よし、いい子だ」  わしわしと頭を撫でてから、フェリアはふとプリンスのことを思い出す。プリンスはこんなに毛が硬くなかったが、長毛で上品な顔をしていた。 「カイはプリンスと似てる」 「前にも言いませんでしたっけ? 俺、ボルゾイに似てるかな?」 「雰囲気が似てるんだ。プリンスは散歩に連れて行くと、『絶対にご主人を守ります』っていう顔で傍にいてくれた。カイはいつも俺の身体を気遣って、俺の心を大事にしてくれる。そういうところが似てる」  懐かしくプリンスを思い出しながらフェリアが言うとカイが微笑んでいるのが分かる。 「フェリアの愛するプリンスに似ててよかったです」 「カイのことを犬とか思ってないからな」 「それは分かっていますよ」  大きな両手がフェリアの頬を包み込む。唇を重ねられて、フェリアは目を閉じた。  その日は特に外出することなくフェリアとカイは部屋で過ごした。  昼ご飯には山盛りの焼きそばを作ってソファで食べて、テーブルの必要性について語り合う。 「ソファでいちゃいちゃしながら食べるのもいいけど、テーブルと椅子は必要か」 「そうですね。あった方がいいかもしれません」  真剣に話し合うフェリアは、カイに唐突に問いかけた。 「子どもは何人欲しい?」 「え!? 急にその話ですか?」 「テーブルを買うなら、子どもの数を考えないといけない」  問いかけられてカイは真剣に悩んでいる。 「子どもは授かっただけ欲しいですけど、フェリアの身体に負担のないようにはして欲しいですね。とりあえず、男女一人ずつは欲しいです」 「じゃあ、最低四人は座れるテーブルだな」 「お客さんが来たときのことを考えたら……」 「あぁ、そうか。それなら、もうちょっと大きいテーブルを買おう」  二人の未来のことについて話し合うのは楽しいとフェリアは思っていた。

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