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24.家族への紹介
フェリアをカイの家族に会わせる前の週に、カイはフェリアの母親に会って欲しいと頼まれてフェリアの実家に行っていた。
女性か男性か分からない雰囲気のその人物は年齢も不詳で、人種がアジア系だということだけはかろうじて分かった。
「彼はカイ・ロッドウェル。今は警察学校の生徒だが、卒業したら結婚しようと思っている」
「カイ・ロッドウェルです。フェリアとお付き合いをさせてもらっています」
フェリアの紹介を受けてカイが頭を下げると、その人物はカイの頬を掴んでじっとカイの顔を覗き込んで来た。整っている顔立ちで、男女どちらか分からない雰囲気だが、カイは彼女が女性だと何となく思った。
「中央アジア系か。フェリアは欧羅巴系だから、ちょうどよく離れている。遺伝子的に、ある程度離れた相手に惹かれるのは当然のことだ」
「悪い、カイ。このひとは、こういうひとなんだ」
「フェリアが優秀な遺伝子を残す決断をしてくれて嬉しい。治療も受けているということは聞いている。カイ・ロッドウェル氏、私の息子のフェリアをよろしく頼む」
「はい、生涯共にいます」
「フェリアは寂しがりなんだ。フェリアよりも長く生きて、フェリアを置いて行かないで欲しい」
最初の言葉にはカイも異様なものを感じたが、話していくうちに彼女が本当にフェリアを大事に思っていることが分かる。遺伝子を残す決断をしてくれたとか、欧羅巴系だから中央アジア系に惹かれるのが遺伝子的に正しいとか、そういうことは分からなかったが、フェリアが寂しがりで自分を残して死んで欲しくないと思っているであろうことは、カイも感じていたので、彼女の両手を握って誓った。
「できる限り長生きします。フェリア様のお傍にいます」
つい「フェリア様」と呼んでしまったが、それは仕方がないことだろう。手を握り返して、彼女も深く頷いてくれた。
「悪気はないんだよ。遺伝子研究の第一人者で、自分の体を使って様々な優秀な人種を産み分けて、育てる実験に参加してたくらいのマッドサイエンティストぶりで、それで、俺が生まれたときに研究所から逃げるのを決めたんだって」
フェリアの身体は男性でもあり女性でもあるという特殊なものだ。それが研究に使われるとなると、どんなことをさせられるか分からない。
次の子どもを身籠っていたフェリアの母親は、覚悟を決めて身重の状態で四人の息子を連れて逃げたとフェリアは話してくれた。
「フェリアは愛されていたんですね」
「多分、そうだと思う。母も変わってるから、俺たち兄弟はそれぞれ必要とする栄養素が違うからって、別メニューを作らせて、それぞれ食べさせたり、色々面倒なことはあったけど、愛されてはいたんだと思う」
母親の愛情は感じていたから、カイには会ってほしかったのだとフェリアは言った。
次の週にフェリアがカイの家に来る前に、カイは両親と姉と妹に説明をしておいた。
「警察ラボで、俺のカウンセリングをしてくれてた、フェリア・ガーディアっていうひとが家に来る。俺とは将来の約束をしていて、恋人同士だ。ちょっと体が普通じゃないんだけど、性自認は男性だ」
「男性として扱えばいいのね?」
「カイの恋人は男性だという認識でいいんだな?」
両親に問いかけられてカイは少し迷ってしまう。
「認識はそれでいいけど、結婚後にフェリア様が赤ちゃんを産んでも驚かないで」
「分かった。体に事情のある方なのね」
「赤ん坊が生まれるのは嬉しいことだ。喜びはしても驚かない」
両親はきっちりとカイの言葉を受け入れてくれた。
カイの両親は二人とも教師だ。勤めている学校で出会って、結婚した。
今は別々の職場にいるが、ジェンダー問題に関しても教えている方なので理解はあった。
「お兄ちゃん、どんなひとなの?」
「美しいひとだよ」
「お兄ちゃんって面食いだったの?」
「そう言われても仕方がないと思っている」
妹のイヴァの問いかけに真剣に答えると、「そこまでなんだ!?」と驚かれてしまう。何もかもを分かっているルカはただ黙って静観していた。
フェリアを連れてきた日、両親は庭でバーベキューを用意していた。
車を停めてフェリアが庭に入って、肉の焼ける匂いに目を丸くする。
「これってバーベキューか? 俺、初めてだ」
「うちは休日に両親がいるときはよくバーベキューにするんですよ」
「本当に庭で肉を焼いている! すごい!」
携帯端末で写真を撮ってまではしゃぐフェリアに、ご馳走を用意しておかなくてよかったのかと心配していた両親は、嬉しそうにしていた。
「カイの母です。カイと真剣にお付き合いをしてくれているんですね」
「ご挨拶に来て下さって嬉しいです。初めまして。カイの父です」
バーベキューの焼き場をルカに任せてフェリアに挨拶する両親に、フェリアも頭を下げている。
「フェリア・ガーディアです。性別は自認が男性ですが、今、子どもを産めるように治療中です」
「話しにくいことは話さなくていいんですよ」
「カイが幸せならそれでいいんです」
大らかな両親にフェリアの緊張も解れたようだった。
「カイとは結婚を考えています。出会ってまだ時間は短いけど、お互いにお互いしか考えられないと思っていて」
「カイに恋人ができたのは初めてなんです」
「私も妻に出会ったときに、結婚すると強く思いました。日数は関係ないですよ」
両親と話しているフェリアに、イヴァが近付いて来て飲み物を勧める。
「何を飲みますか? オレンジジュースと、コーヒーと、紅茶くらいしかないですけど」
「コーヒーをいただこうかな」
「妹のイヴァです。兄がお世話になってます」
「俺の方がお世話になってるよ。カイは優しいから」
蕩けるように甘い表情で言うフェリアに、カイはその表情を見るだけで頬が熱くなる。こんな風に笑うひとだったなんて知らなかった。こんな風に幸せな表情にさせているのは自分かと思うと内心でにやけが止まらない。
「本当に落としたのね。ちゃんと大事にしてもらってますか? カイは体力が有り余ってるから、つらいこととかないですか?」
イヴァが飲み物を取りに行っている間にルカが顔を出して、フェリアが明るく笑う。
「体力なら俺も負けてない。警察ラボでゴミあさりから部屋の証拠採取まで走り回ってる検査官の体力舐めるなよ」
「そうですよね。ガーディア捜査官は、成人男性ですし、体力ありますよね」
「カイが可愛くて歯止めが利かなくなることがある」
「えー!? 何それ! カイの方がそっちなの!?」
にやけて口元を押さえたフェリアの誤解を生む発言に、ルカが悲鳴を上げていた。
バーベキューで焼いた肉と野菜を食べて、コーヒーを飲んで、両親がフェリアを家の中に招く。家に上がるときに靴を脱ぎそうになるフェリアに「うちは土足です」とカイは一言添えた。
リビングには甘い香りが漂っていて、カイの母親がオーブンから焼き立てのスフレを出してくる。スフレとコーヒーを楽しみながら、ソファに座ってフェリアはカイの両親に改めてお願いをしていた。
「カイを俺のものにしていいですか? 一生大事にします」
直球の告白に、両親は怖じることはなかった。
「カイが望むならそうしてやってください」
「結婚の時期も、二人で一番いいように決めてください」
穏やかに受け入れられてフェリアがカイの方を見る。
「カイ、俺のものになってくれるか?」
「喜んで。フェリアも俺のものになってくれますか?」
「もちろん」
お互いに誓い合うカイとフェリアを、両親もルカもイヴァも暖かく見守ってくれていた。
「学生結婚っていうのもありなのか」
帰りに車までフェリアを送っていくカイに、フェリアがぽつりと言う。
学生の間に結婚するのは、カイ的には自分に収入がなくてフェリアに頼ってしまうので申し訳ない気持ちもあったが、できるだけ早くフェリアとの関係を形にしてしまいたいという思いもあった。
「フェリア様……じゃない、フェリアさえよければ、俺はいつでも」
「三十代になってから初産は、避けられるなら避けた方がいいからなぁ。医学が進んでいるとはいえ」
「結婚したら生でし放題……」
「カイ、直接的に言うなぁ」
鼻血が出そうになる事実に気付いて、呟いたカイに、フェリアが声を上げて笑う。
コンドーム越しの性交が悪いなんて言えるはずはないが、皮膜なしで触れ合いたいと思うのは、健全な男として当然のことだった。
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