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25.嬉しい知らせ

 警察署に駆け込んで来た少女に、呼び出されたフェリアとパーシヴァルは頭を抱えていた。  泣きながら髪飾りを差し出す少女に、フェリアとパーシヴァルは話を聞きながらも酷なことを言わなければいけなかった。 「姉が攫われたんです。知り合いの家のパーティーに行って、携帯電話を送ってくれた男性の車に忘れてしまったとかで、取りに行ったら、それっきり帰ってこなくて」  男性が泊まっているホテルのゴミ捨て場をあさったら、見付かったのが少女が姉の誕生日に作って贈った髪飾りで、姉に何か起きたのではないかと心配しているのだが、フェリアもパーシヴァルも一応髪飾りを受け取ったが、それが証拠品にならないのは分かっていた。 「ホテルを教えてくれて、俺たちに捜査させてほしかった」 「どういうことですか?」 「民間人でしかも身内が見付けたものは、証拠品として使えないんだよ」  真実を告げれば少女は絶望的な顔をしている。  フェリアがパーシヴァルといつも行動を共にしているのにも警察ラボの規約があるのだ。二人以上で行動していないと発見された証拠品は証拠として扱われない。  不正のないように二人共がお互いに監視し合って仕事をするのが警察ラボの規約だった。  それだけではなくて、既に身内が荒らした後となると、ホテルのゴミ捨て場も証拠を集められる場所にならない。 「私が先に行動してしまったから……」  泣いて後悔する少女に、とにかくお姉さんの捜査はすると告げてフェリアとパーシヴァルは聞き取り室から出た。  廊下ではヴァルナがフェリアのことを待っていた。 「付き合いは続いているのか? 身体の治療も始めたと聞いた」 「どこから俺の情報を仕入れて来るんだよ。もうほっといてくれ」 「フェリアは騙されているんだ! カウンセリングだって、フェリアに会いたいがための嘘だったに決まっている!」  その可能性がないとはフェリアも言い切れない。  カイがもう一度フェリアに会いたくてカウンセリングを予約したのだったら、カイはフェリアを騙していたことになるが、フェリアはそれでもカイを手放せる気がしていなかった。 「俺を一人にしたのは誰だよ? プリンスとプリンセスしか俺のそばにはいなかった。俺には友人の一人もできなかった。それは誰のせいだ?」 「フェリアには俺たち家族がいればそれでいいだろう」 「母のこともトールのこともアスラのこともラヴィのことも、大事な家族と思っているよ。でも、ヴァルナ、お前は違う。家族という枠の中に俺を押し込んで、俺に自由に息もさせない気でいる。俺は俺として生きたいんだ。ほっといてくれ」  一息に告げるとヴァルナの薄赤い目が傷付いた色を宿す。以前ならばそれで怯んだかもしれないが、フェリアはもうそんなことでは動揺しなかった。  カイとの仲をヴァルナが認めないのならば、ヴァルナとは縁を切ってもいい。  そこまで思い詰めさせたのはヴァルナ自身なのだから仕方がない。  幼少期からフェリアの周囲にひとが寄って来ないように遠ざけて、家族だけを見るようにして来たヴァルナ。それに気付いてからは、フェリアはヴァルナと距離を置こうとしていた。  距離を置けばフェリアはヴァルナから解放されるのではないかと思っていたが、カイのことがあってエスカレートしていくヴァルナを、フェリアは本格的に遠ざけたいと考えていた。 「警察署の廊下で大声で騒ぐな」 「兄弟喧嘩はやめようね。ヴァルナお兄さんは、アスラお兄さんとホテルの聞き込みお願いしまーす」  アスラとパーシヴァルが間に入ってくれて、フェリアはこれ以上の醜態をさらすことはなかった。  ホテルの監視カメラの映像を確認すると、女性が男性の部屋に入った後で、大きな布に包まれた荷物を担いだ男性が出て行くのが確認された。  部屋番号を控えて、フェリアとパーシヴァルはホテルに男性の宿泊届を確認する。 「偽名だな……」 「支払いも現金だ。カードに履歴もない」  これが計画された犯罪なのだという気配をひしひしと感じさせる事態に、フェリアとパーシヴァルはホテルの部屋を確認させてもらった。  客がチェックアウトしてから清掃が入っているが、細かい指紋まではぬぐい取れているはずがない。指紋を探して採取していくうちに、フェリアは証拠品とならない髪飾りから出た指紋と同じものを確認していた。  髪飾りが証拠品となるのならば、これで犯人を絞れるのだが、証拠品にならないので使うわけにはいかない。 「お姉さんを思ったらついやっちゃうよね……責められないんだけど」 「でも、この指紋は証拠にしたかった」  指紋を辿れば正体不明の偽名を使っていた男性客も分かるかもしれないのだが、これは無理だと諦めかけていたところで、アージェマーから連絡が入った。 『同じような事件で姿を消してる女性がいて、その女性の携帯端末と思われるものがホテルのゴミ箱に捨てられていたのを、保管していたのを思い出した。こっちの指紋となら照合できるんじゃないか?』 「神様、仏様、アージェマー様」 「すぐにデータを送ってくれ」  携帯端末を拝むパーシヴァルに、同じ気持ちでフェリアはアージェマーに感謝していた。  行方不明の女性の携帯端末についていた指紋と部屋の指紋は一致した。  その指紋を照合すると、一人の男性が浮かび上がった。  海外とこの国を不自然に行き来している自家用ジェットを持った大金持ち。 「人身売買じゃないか?」 「収入が何か分からない人物だと噂されている」  人身売買の組織に迫れるかもしれない。  令状が出ればその大金持ちの屋敷の捜査ができる段階まで進んでいた。 「ガーディア、時間だ」 「へ?」 「ガーディア、今日は病院だろう? ちゃんと予約通りに行かないと」 「あ、そっか」  定時に上がった時間に病院の予約を入れていたのだとアージェマーとパーシヴァルに指摘されて思いだす。仕事にも支障をきたすかもしれないので、生殖能力の治療に入ったことは、アージェマーとパーシヴァルの親しい二人にだけは伝えていた。 「絶対捕まえてくれよ?」 「後は任せろ」 「いいところは全部持って行ってやる」 「あー悔しい!」  心遣いはありがたく感じつつも、捜査の途中で帰らなければいけない無念を口にしつつ、フェリアは変える準備をして駐車場に降りて行った。  治療してくれる医者からは、パートナーがいるのならばパートナーも一緒に話を聞きに来た方がいいと言われていたので、その日はカイの警察学校が終わってから病院に同行してもらう予定にもなっていた。  警察学校の寮に行くと、カイが玄関前で待っている。  寮に迎えに行くと最初の方は警察学校の制服だったが、最近は私服に着替えて待っていてくれる。 「カイ、遅くなった。ちょっと飛ばすから、しっかり掴まってくれ」 「制限速度内でお願いします」 「分かってる」  刑事なので事件のときは信号も無視できるし、法定速度も超えて走らせることができる。けれど、仕事中ではないので飛ばすとは言っても、フェリアは法定速度内で運転しなければいけなかった。  少しだけ予約の時間に遅れて付いた病院で、最初にフェリアだけ呼ばれる。  血液検査とエコー検査の結果を聞かされて、生理の様子を聞かれて、医者に答えると、カイが呼ばれた。 「こちらがパートナーの方ですね」 「カイ・ロッドウェルです。初めまして」 「初めまして、主治医です」  挨拶を交わして、医者がカイとフェリアに説明をする。 「投薬での治療は順調に進んでいます。生理の日数を聞いた限りでは、無排卵ではなく、排卵が始まっているように思います。赤ちゃんが欲しいのならば、排卵日に合わせればもう可能な状態になっています」  医者の説明にフェリアはカイの顔を見た。カイの目が嬉しそうにきらきらと輝いている。 「ただ、自然分娩は難しいかもしれません。出産は帝王切開を選択することになりそうです」 「傷が残ったり、長く働けなかったりしますか?」 「皮膚再生治療で傷は残りません。再生治療が発達しているので、出産後、早い方は一か月くらいで職場復帰されますよ」  気にしていたことを確認できてフェリアはほっと胸を撫で下ろした。 「こういう特別な体の方は、一人一人状況が違って治療法も違うので、これからまたパートナーの方も説明を聞きにしてくださるとありがたいです」 「はい。説明が必要な際には伺います」  カイもしっかりと医者に受け答えしている。  医者とのやり取りが終わって、会計を待っている間にフェリアが携帯端末を確認すると、パーシヴァルからメッセージが入っていた。  簡素に「人身売買組織、殲滅」とだけ。 「カイ、うちに寄って行かないか? コーヒーか紅茶で祝杯を挙げたい」 「事件が解決したんですか?」 「被害者を探し出して取り戻すには時間がかかりそうだけど、大きな犯罪を突き止めたのは間違いない」 「おめでとうございます。それなら、一緒に食事もどうですか?」 「喜んで」  カイと挙げる祝杯は、酒ではなくても楽しいと感じられそうだった。

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