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27.夏休みの始まり

 抱き合う時間はたっぷりと。  シャワーは手早く済ませて。  フェリアはカイを間違いなく警察学校の寮に送り届けた。門限のギリギリだったが、ツグミが教官に話しかけて気を反らせていてくれたので、カイは問題なく寮の中に入って行った。  別れるときにハグをしてキスをして、離れがたかったのはフェリアも同じだが、心を鬼にしてカイを送り出した。 「夏休みにはずっと一緒にいられるから」 「フェリアは仕事でしょう?」 「長期休暇を取るよ」  夏場だけでなく、休めるときにはリフレッシュ休暇などという名前の付いた長期休暇を取ることが不可能ではなかった。  仕事が好きで、仕事に人生を懸けていたので長期休暇は取らなかっただけなのだが、申請すれば取れることはフェリアも知っている。  約束すればやっと納得してカイは寮に入って行った。  翌日からは、海外の警察と連携を取って、行方不明になっている女性がどこに売られていったかを調べる捜査が待っていた。  幸い、少女の姉はまだ売られる前で屋敷に監禁されていたところを助けられたので、まず一人は救うことができた。  女性を一人監禁していたということで、まずその罪で捕らえた男性の余罪をどれだけ暴けるかが警察の重要な仕事になってくる。男性に仲間がいたであろうことも分かっているので、その捜査もしなければいけない。  俄かに忙しくなった警察ラボの中で、フェリアは安堵もしていた。  忙しく働いていた方が、日常のフェリアに戻れる。  カイといるとどうしても甘い感情がわいてきて、カイを甘やかしたくなったり、カイと抱き合いたくなったりして、どうしようもない。  恋をして自分が変わったと自覚しているが、その変わった自分を仕事に持ち込みたくないというのもフェリアの素直な感想だった。 「これは表彰ものの大きな事件解決じゃない?」 「まだ解決してない。何人の女性が売られていったかも分かっていないし、その女性の保護もできていない」 「ガーディアはお堅いな」 「表彰状よりも、美味しいコーヒーメーカーが導入されないかな」 「アージェマーは現実的だし」 「今のコーヒー、お世辞にも美味しいとは言えないだろう?」  浮かれるパーシヴァルに反して、フェリアもアージェマーも冷静だった。  アージェマーの言った通り、表彰も昇進もいらないから、美味しいコーヒーメーカーは導入されて欲しいとフェリアも思う。 「警察署のカプセル式のコーヒーメーカー、一杯ごと淹れられて、美味しいんだよなぁ」 「あれは、ガーディア兄が自費で購入したらしいな」 「え!? どっちの兄……って、そういうことをするのはアスラか」 「あまりにも警察署のコーヒーがまずくて飲めなかったって。それでコーヒーメーカーだけ自費で買って設置して、カプセルはそれぞれ購入するようにって言ってたら、そのうち、経費で全部落ちるようになったんだよ」 「それいいな……。俺も実力行使しようかな」 「お、流石ガーディアの弟! 美味しいコーヒーが飲めるかなぁ?」  警察署の休憩室に設置されたカプセル式の一杯ずつ淹れるコーヒーメーカーがアスラによって設置されたものだと聞いて、フェリアも今のフィルターの上から熱湯を通すだけのどろどろのコーヒーを作るコーヒーメーカーを買い替えようかと本気で考えだす。 「アージェマー、パーシー、資金を募らないか?」 「いいね。僕も美味しいコーヒーが飲めたら、仕事の効率が上がると思う」 「私も一口乗ろう」  パーシヴァルとアージェマーは資金を出してくれるつもりのようだが、それだけではなく、フェリアは警察ラボで休憩室を使う職員全員に声をかけてみるつもりだった。 「令状が出てるよ。屋敷は広い。自家用ジェットもある。しっかり鑑識、行っておいで」  証拠品が届くのを待って警察ラボで検査をするアージェマーは、フェリアとパーシヴァルを男性の屋敷に送り出す。  広い屋敷の隅々まで鑑識作業を行って、自家用ジェットも調べるとなると、今日は長い一日になりそうだった。  捜査が進んで、海外に売られた女性たちも少しずつ保護されて戻ってきて、事件は解決に向かっていた。  屋敷の中の地下には動物の檻のような牢屋があって、そこに男性が女性を閉じ込めていたのも分かっていた。その牢屋に残る微物から二十人以上の女性のDNAが採取されて、行方不明の女性と照合して、慎重に捜査は勧められた。  海外の高級娼館に売られた女性。大金持ちに売られた女性。保護された女性たちの心のケアもまた、大事な仕事だった。  警察でカウンセラーを紹介して、犯罪専門のカウンセラーに担当してもらって、女性たちの心を癒そうとしたけれど、囚われてから時間が経っている女性などはかなり難しいというのが現状だった。 「ガーディア、明日から一週間の休暇だろ」 「残業はやめておいた方がいいんじゃないか?」 「んー……でも、ここまでやってから帰りたい」  パソコンの前で行方不明の女性のデータと屋敷から採取された新しい証拠品のデータを照合しているフェリアに、パーシヴァルとアージェマーがにこやかにパソコンを閉じさせた。 「ガーディアの仕事は僕とアージェマーでもできる」 「ガーディアは自分にしかできないことをしてくるといい」  自分にしかできないことと言われて、カイと過ごすのは確かにフェリアにしかできないことで、「分かったよ、ありがとう。お疲れ様」と挨拶してフェリアはデスクから立ち上がった。  エレベーターで駐車場まで降りていくと、車のそばに見知らぬ男性がいる。  不審に思って遠巻きに近寄って行くと、駐車場に入って来た車から降りたヴァルナが先にその人物にタックルを加えた。こめかみに銃口を突き付けられて、男性は震えている。 「俺の弟の車に何をしようとした!?」 「は、話がしたかっただけなんだ」 「警察ラボの駐車場に入り込むだけでも、不法侵入だぞ! 話は中で聞く!」 「俺を覚えてないか、ガーディア! 高校で一緒だった……お兄さんに阻まれて話もできなかったけど、ずっと好きだったんだ」 「キモッ! ストーカーかよ!」  ヴァルナの言い方は悪かったかもしれないが、フェリアも全く同じ感想だった。  高校のときから好きだったなんて言われていきなり訪ねて来られて、夜も近い時間に車の前で待たれていても、ストーカーとしか思えない。  カイはこんな風に近寄っては来なかった。  最初はカウンセリングが必要だと騙したかもしれないが、カウンセリングの場でも必要以上に近寄ることはなく、ずっとソファから動かずに、大人しくしていた。  お互いを知るために話ができたのでカウンセリング自体は悪いものではなかったと思うのだが、知りもしない相手からいきなりアプローチをされても気味が悪いとしか思わない。 「二度と俺に近付くな。俺はお前を覚えてない」  高校が一緒だった相手はたくさんいるが、フェリアはその男性の顔も覚えていなかった。  ヴァルナにその男性は任せて、フェリアは車に乗ってカイを迎えに行った。  警察学校の寮ではなく、夏休みに入っているのでカイは実家に帰っていた。大きなキャリーケースを持ってきたカイの顔を見ると、フェリアは力が抜ける。 「あぁ、俺のカイだ……」 「何かありました?」 「実家から必要なものがあったら積んでくれ。警察学校を卒業したら、俺の部屋で暮らすだろう?」  フェリアの問いかけにカイが黒い目を輝かせる。 「服とか、置いていてもいいですか?」 「もちろん、いいよ」 「後、使ってたマグカップとか……」 「それも持っておいで」  キャリーケースをトランクに乗せたカイが、次々と荷物を増やしていく。最終的にはカイの部屋のラグまで丸められてトランクに入った。 「来いよ。明日からは俺も休みだ」 「はい、行きます」  助手席に乗り込んだカイの存在に、フェリアは心から安心していた。

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