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蜜月②

 禄朗から連絡がきたのはそれから数日後のこと。 「出てこれる?」  電話先に聞こえてくる甘さを含んだ声に誘われて、胸が高鳴るのを感じる。また会えると思うだけで幸せな気持ちになるこれを、どうして捨てられることができるというのか。    待ち合わせ場所のバーの扉を開くと、カウンターに腰かけて楽しそうにお酒を飲む禄朗の姿が真っ先に飛び込んできた。ああ、大好きだ、と反射的に思うのはどうしようもない。優希に気がつくと、軽く手をあげて合図を送ってくる。並んでお酒を飲んでいたら、当然彼の腕が腰を抱いてくる。その手のひらの大きさも体温が伝わるのも、すべて優希をときめかせる。  熱くなる頬をごまかすようにグラスを当てていると、ふいに禄朗が話題を変えた。 「この前は大丈夫だった?」 「この前?」 「明日美ちゃん、怒ってなかった?」  ああ、そのことかと途端に気持ちが重くなる。   「うん、大丈夫だった。でも寝ないで待ってたみたいだから可哀そうなことをした」 「ふーん、健気だね」  マスターにお代わりを頼みながら、禄朗の手は優希のお尻の曲線を軽く撫でていく。 「今日はどうなの?」 「……遅くなるって、連絡しておいた。先に寝てていいよって」 「そ」  正直なところ、これからどうすればいいのかわからない。現実として、あのままの明日美を放ってはおけないだろう。彼女にはなんの罪もなく、まして子供に可哀そうな思いをさせるのは気が咎めた。偽善でも、もっとひどいことをしている自覚があってもどうしても捨ておくわけにはいかない。かといって禄朗と別れることができないのはわかっていた。耐えられるはずがない。声を聴いてしまえば、会ってしまえば、たまらなく恋しい。好きで、好きで、彼でいっぱいになってしまう。  そんな懊悩に気がつかないで禄朗は楽しそうにお酒を口にし、優希に触れる。触られた場所から熱を持ち、もっと留めてほしいと願ってしまう。 「好きだよ」と優希はつぶやいた。思わず漏れてしまった独り言のような呟きに、禄朗は耳を止め、頭を寄せてきた。おでことおでこが触れ合って、真正面から覗かれる。 「どーした?急に……なんかあった?」 「うん、あったけど、今はいいんだ」 「なによー。しゃべってみ?」  「いや」と首を振り、耳に噛みつく近さで囁いた。 「禄朗が欲しいって、ずっと思ってた」  明日美のように命を宿せないけど、彼が欲しい。体いっぱいその熱で満たしてほしい。そう願ってしまうのは罪なのだろうか。  そして___自分の夫が知らない場所でほかの男の雄を受け止めていると知ったら、彼女はどうするのだろうか。  自分の中にこんな深い業があるなんて知らなかった。なんて欲張りで罪作りで人でなしな男なんだろう。 「ねえ」  甘えるように体をすり寄せると、欲望がともり色の変わった声で禄朗が先を促した。 「ほんとに優希はおれを誘うのが上手いよな……」  大きな手のひらが背中を撫で、腰のラインをたどった。これから楽しむ場所を指先だけでくすぐると席を立つ。 「行こうか」 「……うん」  急くように並んで店を出る。互いに待てないとばかりに体を寄せ合い先を急いだ。  仕方ないだろ、と誰にともなく優希は呟いた。だって誰よりも何よりも、禄朗が欲しいのだから。

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