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You're My Only Shinin' Star②
自宅への道のりに、深い秋の空っ風がふいていた。けれど、気持ちが高ぶっているのか寒ささえ感じなかった。足取りが軽い。もしかしたら飛べるかもしれないというくらいに。
部屋に帰ると、真っ先に壁に貼ってある写真へ向かった。何か手掛かりがないかとじっくりと見てまわる。ファインダー越しに、禄朗は何を感じてシャッターを押したんだろう。何を伝えたくて写真を撮っていたんだろう。
優希以外の人物は撮ってもつまらないと言って風景写真の多かった彼の作品は、確かに近年雰囲気が変わってきていたと思う。被写体への愛が感じられる優しさが鳴りを潜め、どこか投げやりで孤独が強くて、エキセントリックな方向さえ感じさせる写真。「新鋭写真家」としてもてはやされていたけど、禄朗の真骨頂はそこではない。優希にはわかる。彼は一人でずっと悩んでいたのか。
「どこにいったんだ、禄朗」
何か残されたサインはないのか。彼のもとへ導いてくれるような。彼が送る、優希にしかわからない、何か__。
ふいに「優希」と呼ぶ禄朗の声が耳に届く。__優希にも見せてあげたいな。
あれはいつ交わした言葉だったのか。思い出せ、と写真に指を這わせながら記憶の中をたどっていく。
__声が出せないくらいの空。視界を遮るものが何もなくてさ。だだっ広い地球のど真ん中に、一人置いて行かれたみたいで怖くなる。だけど目が離せないんだ。そんな星空、見たことないだろ?
そうだ、優希の腰のオリオンを映しながら、禄朗はその場所のことを教えてくれた。
__その時も、日本で見るより大きなオリオンが光り輝いてた。まだ大丈夫、間違えてない。この先にも行けるんだって背中を押してくれた。優希が、そばにいるから大丈夫なんだって。
明るい世界に連れて行ってくれる強引さがあるくせに、どこか不安定なさみしさを抱えた禄朗。優希が必要としていたように、彼もずっとそうだったに違いない。なんで気がつかなかったんだろう。
自分ばかりが捨てられて不幸になったつもりでいたけどそうじゃなかった。禄朗も同じだ。優希を拠り所にし、一歩ずつ怖がりながらも歩き続けていたのかもしれない。そんな彼の姿を想像すると、苦しい愛おしさに胸がしめつけられた。
優希が明日美に逃げた時でさえ、禄朗はそうじゃなかった。自分で立って迎えに行こうと、ずっとがんばってくれていたのに。再会した後も不実を責めないで全部ひっくるめた優希を受け入れ、一緒に行こうと手を差し伸べてくれたのに。怖がって受け入れなかった優希の弱さが、禄朗を追い詰めたのか。明日美や花を不幸にしたように。今度は禄朗からもすべてを奪おうとしているのか。それだけは防がなきゃと唇をかみしめた。
もう怖がって逃げるのはやめる。今度は優希が禄朗を助けに行く番だ。光の当たる世界へ連れていく。
「あれは、どこだった?なんて地名だった……?」
__アメリカについたら連れてってやるよ。一緒に見よう。取り残されても二人だったら怖くないだろ。
考えながらもパスポートを取り出した。いつでもいけるように更新だけは欠かさないでいたのをほめてあげたい。急いでネットを立ち上げ、航空券の手配をする。最悪ホテルは現地で調達すればいい。ポケットに入ったままのAllyの名刺を取り出し、これからアメリカに向かうことを告げた。
「禄朗の居場所がわかったの?」
驚くAllyに禄朗の住んでいた場所などを聞きながら、急いでメモを取る。
「わからないけど、行くんだよ」
「今から?」
とにかく取れる一番早い便に乗る。会社にも休む連絡をして、あと、何が必要だっけ。急な展開に驚きを隠せないでいるAllyと話していると、自分のすることがまとまっていくようだった。人と話すことはセラピーに繋がるのが分かる気がする。こうしたい、と言葉に出すことで自分の考えが客観的にわかっていく。そして現実味を増していく。
「パスポートは?」
「ある。現金も少しだけ、両替とかは後でなんとかなるよね?」
「わかった。ぼくも一緒に行こう」
Allyは優希の決心を理解し、同行を申し出た。だがそれを丁重に断る。
「これはぼくと禄朗の問題なんだ。Allyの手は煩わせないよ」
「もとはといえばこちらの不手際で禄朗を失ったんだ。せめて現地まで。宿泊先はこちらでなんとかする。それくらいはさせてよ」
Allyも引き下がらなかった。確かに彼は禄朗を探すために日本に来ているのだし、ここにいないのなら滞在する理由もないのだろう。
「わかった。でも禄朗を見つけるのはぼくだ」
かつてないほど気持ちが高ぶっていた。
頭の回転が良く、次に何をどうすればいいのかすんなりと答えが導き出せる。禄朗への道しるべを手にしているのは自分だけなんだと思える。もう誰かにお膳立てしてもらって、受け身で生きていくことはしたくなかった。欲しいものを手に入れる最大の努力はしたいし、諦めたくない。禄朗を失いたくない。後悔なんか二度としたくない。
「やっぱり優希はすごいよ」
電話の先のAllyは、憧れを含む声色で呟いた。
「禄朗が惚れたのが分かるな。普段はものすごくおっとりとして物静かなのに、一皮むいたら全然違う顔がある。内に秘めた気持ちの熱さに目が離せなくなるんだ」
「そんなことないよ。ぼくは弱虫で傷つくことからずっと逃げてばかりだった。可哀そうな人を演じてきた卑怯者だ。だけどもうそんなのは嫌なんだ」
誰かに頼って、手を引いてもらえなきゃ先にも進めなくて。自信がなく必要とされることばかり欲して、本当の自分から目を背けていた。
「禄朗を見つけるから」
誰にも譲らない。禄朗は優希が手に入れる。だからもう少しだけ、待ってて。
興奮していたのか全く眠くはならなかった。彼の写真を見つめ、今すぐ会いたいと思った。抱きしめて、大丈夫だと。もう一人じゃないよと伝えたい。
夜が明けて朝日が差し込んでくると、荷物をまとめて家を出た。空港に向かう途中会社に電話をし、しばらく休むことを伝えた。私用で迷惑をかけることは社会人としてしちゃいけないことだとわかっている。だけど今はそんなことを言っている場合ではなかった。
このままクビになっても仕方ない。そう覚悟をしていたが普段の態度が良かったせいか、とりあえず有休消化として扱ってもらうことができた。
「どうした?なにかあったのか?」
突然のことに心配そうな声をかけてくれる上司に謝りながら、今まで気がつかなかっただけでたくさんの人に守られて大切にしてもらったことを知る。
「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
見えない受話器の向こうに頭を下げると、電話を切った。
前を向いてしっかりと歩こうと決めてから、不思議と道が開いていくようだった。八方ふさがりで、どうにもならない暗闇ばかりだったはずなのに。こうしたい。これは譲れない。そのことを伝えることで道がぐんと開けていく。今まで目を向けなかっただけで、どれだけの想いを素通りしてきたのだろう。
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