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You're My Only Shinin' Star④
荷物を開けて、写真をベッドの上に広げた。優希に見せてあげたいと囁いたあの場所をみつけなければ。きっとそこにいるに違いない。たった一人で、膝を抱えて空を見上げる禄朗を想像した。
そしてふと気がついた。日本で開催された個展以来、禄朗の写真から空が消えている。
色が変わりゆく空や星空が好きで、真夜中に出歩いては体を冷やして帰ってきた禄朗。ベッドにもぐりこんできた体の冷たさに文句を言いながらも、温めてあげると幸せそうに笑っていた。そんな彼から空が消えている。
「ぼくが禄朗のオリオン。それをなくしたから……?」
決定的な別れ以来禄朗は空を失った。こんなことを考えたのは傲慢だろうか。
優希がいない。道を見失った禄朗はたったひとりでどこへ向かっていいのかわからずにさまよっている。見上げても何も先を記すものはない。帰る場所も進む場所もなく行き場を失って途方に暮れているのかもしれない、という想像に強く胸が締め付けられた。こんなことは勝手に考えているだけで、今頃新しい恋人とハネムーンの最中なのかもしれない。優希一人がいなくなったところで傷一つついていないのかもしれない。いまさら何を言っているんだと笑われるだけかもしれない。
それでも笑う禄朗を見たかった。傲慢とも思えるほどの力強さで優希を翻弄してほしかった。お前なんかもういらないよ、と言われたとしても不敵な禄朗に会いたかった。
ネットを立ち上げ、星の見える場所を検索する。大きなオリオンが見つかる場所。禄朗がつれていってやりたいと言ってくれたあの場所はどこだったんだろう。
広大な面積を誇るアメリカには日本以上に星の見えるスポットは点在する。メジャーな場所じゃなくてもちょっと街から外れるだけで、あきれるほどの星空が見えるらしい。禄朗の写真とネットに上げられた情報を見比べながらサインを探す。
「優希?」
遠慮がちなノックの後にケイトが顔を覗かせた。
「起きてますか?食事の用意ができていますが……」
そうして散らばる写真に目を止め、静かに笑みを浮かべた。
「禄朗の写真?」
「あ、すみません。気がつかなくて……」
集中していたせいか、窓の外が暗くなっていることにも気がつかなかった。お世話になるというのに部屋にこもったまま何の手伝いもしていないと、慌てて立ち上がる。
「すみません。甘えっぱなしで、部屋まで散らかして……」
「気にしないで。リラックスしてくれたら一番うれしいですよ」
お邪魔します、と小さく言ってからケイトは部屋の中へ足を踏み入れた。広げた星空の写真を一枚一枚目を通し「いい写真ですね」と微笑んだ。
「これは初期の写真?すごく優しい。今はもっと冷たい感じがします」
「そうですね。まだ写真家に憧れていたころの写真です」
未熟でテクニックもなく、ただ気持ちのままにシャッターを押していたころの写真。
「ふうん。俺はこっちの方が好きだな、って言ったら怒られますかね」
いたずらっ子のように舌を出し、ケイトは写真をもとに戻した。
「本当の彼はここにいるんですね」
「この場所わかりませんか?ここをぼくに見せたいって言っていたんです。だからもしかしたら、って」
「そうですねえ」
もう一度写真に目を通しながらケイトは何か所か地名をあげた。
「雰囲気的にそんなところが候補、でしょうか」
「それってすぐに行けますか?」
今すぐにでも発とうとする優希を抑えて、ケイトは「落ち着いて」と答えた。
「気持ちが急くのはわかりますが、さっきついたばかりなんですよ。一度落ち着いて食事もして一回休んで、明日準備をしっかりして行きましょう。Allyも行く気満々です」
「でも、これ以上ご迷惑は」
「迷惑じゃないって何度も言っていますよね?こちらの落ち度。優希に迷惑をかけているのはこちらサイドだって。だからAllyを上手に使ってやってください」
「でも」
まだ続けようとする優希の唇に人差し指を当て、「シー」っとウインクした。
「急がば回れっていうでしょ。まずは食事にしましょう。ルームメイト達にも挨拶して」
「……わかりました」
これ以上ごねて迷惑をかけるわけにもいかない。それにかなり疲れてもいた。ここまで一気に来てしまって興奮しているけど、体は休息を求めている。
「いい子ですね。じゃ、キッチンに行きましょうか」
たおやかそうに見えて、あのAllyを大人の男に仕上げた腕前だ。優希なんかじゃ太刀打ちできないだろう。
ケイトの後についていくと大きなテーブルには数人の男たちが集まっていて、みんなここの住人だという。
「それぞれ実力がある発芽前のアーティストたちなんですよ」
優希が席に着くと、一斉に視線が集まった。
「彼は優希。日本から禄朗を探しに来ました。仲良くしてくださいね」
ケイトの一声に男たちはしおらしく返事をし、それぞれ名乗りあげた。写真家だけじゃなく、絵やダンス、歌や俳優などそれぞれ目指しているところは違うけど、叶えたい場所がある熱さを持っていた。
「優希は何かしないの?」と質問をされたが、答えられるものは特になかった。言われてみて気がつく。優希にとって「これ」といったものは何もなかったかもしれない。
周りに合わせてなんとなく生きてきてしまったせいか、こうやって何かをなしたいと熱くなる人たちに憧れがある。そういうものを見つけてみたいな、と初めて思った。
お酒が入ってくると盛り上がりはエスカレートする一方で、騒々しく夜は過ぎていった。一人で不安を抱えたまま夜を過ごさないで済みほっとする。本当は不安だったし怖かった。何も知らない場所で禄朗を探すことができるのか、途方に暮れそうだった。
「優希。君はいいやつだ」
肩を組まれながら階段を上りそれぞれの私室で別れると、急激に睡魔に襲われた。倒れるようにベッドにもぐりこみ意識を手放すとあっという間に眠りに落ちていく。久しぶりにぐっすりと眠った。スッキリとした気持ちで目覚めると、見る景色がいつもと違っており一瞬驚く。
そうだ、アメリカに来たんだった、と思い出し大きく窓を開けた。賑やかな通りにはたくさんの人が行き交い、食べ物のいい匂いが部屋まで上がってきた。そういえばおいしいベーカリーがすぐそこにあるとAllyが言っていたと思い出す。
身だしなみを整えて階段を下りていくと、ケイトがくつろいだようにコーヒーを飲んでいるところだった。
「おはようございます」
「おはよう。早いですね」
「いい匂いで目が覚めてしまって。ベーカリーがあるって聞いたんですが、近くですか?」
「そう。一緒に行きましょうか」
読んでいた新聞を折りたたみ、ケイトは身軽に立ち上がった。
「ちょうどおなかもすいてきたし、食べたくなっちゃいました」
「ありがとうございます」
さりげない優しさをありがたく受け取ることにする。
ケイトがいることで、ここがとても居心地のいい場所になっているのだろう。優希でさえ安心して滞在してしまっている。
「あそこのフランスパンが絶品なんですが、サンドイッチやホットドックもオススメです」
「聞いているだけで美味しそうです」
「おいしいですよー。帰りにコーヒーショップも教えてあげましょう」
こんな風にアメリカの街を歩くなんて、数日前の優希は想像してもいなかった。聞き取れない言語や早口の英語が飛び交い、颯爽さっそうと活動する人たちとすれ違う。
それとおなじくらいのんびり犬の散歩をしたり、優希と同じように朝食をみつくろう人たちもいるのだろう。とにかく活気のある場所だった。
ケイトと並んで歩きながらAllyの話題になる。
「Allyは子供のころから知っていました。あのヤンチャな男を目覚めさせたのは、どんな人なのかって興味があったんです。でも優希をみて、理解できました」
「えっ!?ぼくこそ、Allyが大人になったのはケイトの力なんだなって感心しましたけど」
「いやいや、つい俺たちは彼を甘やかしていましたからね……。優希の深い愛情があったからAllyは矯正できたんです」
ケイトはAllyの父親の知り合いだったそうだ。子供のころからたくさんの大人に可愛がられ甘やかされていたせいか、ついワガママで自分勝手な行動も許されると思わせてしまった。このままじゃいけないと手をこまねいているうちに、禄朗という存在にどっぷりはまってしまった。そして追いかけていった先で何があったのか、人が変わったようにおとなしくなったとケイトは話した。
「シュンとして思い煩うようになり、何か真剣に考えているんだなっていうのがよく分かりました。でもそれが何なのかは全く分からない。……深い愛情を知って、今までの自分が嫌になった。愛されている禄朗が羨ましいと思ってしまった、と悔しそうでしたよ。もともと優しい子だし、思慮深いんですよね。頭がいいから察するのも早いし。いい方向に行けばあれほどいい男に育つんだなってビックリもしたけど」
そこからは早かった。年上で気づかいのできるケイトを見習って、自分が求める男性像に近づこうと必死に努力したそうだ。自分のことしか考えられなかった子供が他人のために動くことができるようになったころ、ケイトと気持ちが通じ合った。
「禄朗もステキな人ですが、Allyもなかなかですよ」
くすぐったい微笑みを浮かべるケイトを見て、Allyはもう大丈夫なんだなと確信した。愛されたがりの傲慢な男の子は、器の大きな男へ変貌を遂げたのだ。
「ごちそうさまです」
からかうように答えると、ケイトは笑みを浮かべた。
「あ、パン屋につきました」
慌ててケイトがパン屋の前で足を止める。恥じらう姿がとても可愛らしかった。
ベーカリーは赤いドアがかわいらしい小さなお店だった。次から次へ人が入っていき、幸せな表情を浮かべてお店から出てくる。かなりの人気店らしい。
「ついでにランチも買っていきましょう」
ガラスケース越しに注文をしていたケイトはそう言いながら、サンドウィッチセットも二個追加で注文した。
「優希に聞いていた話から、めぼしい場所をいくつかピックアップしました。朝食を食べたら出発しましょう。その時に持っていってください」
「ケイト……」
「気持ちが逸りますよね。でもしっかり腹ごしらえをして準備を整えていきましょう」
「はい」
香ばしいにおいのするパンを抱えて帰宅すると、Allyがテーブルの上に地図を広げ、いくつかの場所に丸を付けていた。
パンの香りに気がついたのか顔を上げ、「おはよう」とあいさつする。
「おはよう、Ally」
「昨夜はちゃんと眠れた?」
腰に腕を回し抱きしめると、頬に軽いキスを送られる。さすが外人だなあと苦く笑いながら、「おかげさまで」と答えた。
「意識がなくなるってああいうことなのかも。気がつけば朝だったよ」
「それは良かった。さ、ご飯を食べたら予定を立てよう」
紙袋の中からパンを取り出し切り分ける。パリパリの皮とふんわりとした中身のバランスに、おなかがグウっと音を立てた。焼いて間もないからか湯気が立ち上り、食欲が一気にわいた。
「コーヒーもどうぞ」
ポットで入れてもらったコーヒーをカップに注ぐと、これもまた香ばしい香りが広がった。
「禄朗も好きだったよね」
「毎朝買いに行ってた」
テーブルにつき食事をし合う光景に、次は禄朗も混ざっていればいいと願う。優希がここに来たこと、どう思うのだろうか。何しに来たんだって不機嫌そうにするだろうか。それとも喜んでくれるだろうか。
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