3 / 20

第3話

 「行って来るな~」  「ニャ~」  あれから数日、普段と変わらない日々を過ごしている俺は、今日も夜中にジムへ向かう。  お見送りしてくれたルゥの頭を撫でて玄関を出る。  もしかしたらあのDomと会うかも知れない。なんて思った日もあったが、あれから面白いくらいに出会わなかった。  「本当、たまたまだったんだよなアレが」  と、言わざるを得ないほどに、いつも通りだ。  ただ、俺がジムに忘れたタオルは戻ってこなかった。  次の日の夜中にも、エントランスのコンシェルジュに届いているかと予想して、ジムを使用する時にチラッとタオルが届いているかと聞いたのだが、そういうのは届いて無いとの事。  ジムにあるかもと探してみたが、見つからなかった。  と、いうことはだ。  あのDomが持っている可能性が高いということになる。  「………、まぁタオル一枚位、良いけどさ」  せっかく高い金出して買った、だいぶいい素材のタオルだったけど。  洗濯機や乾燥機に入れずに、手洗いで大切に使ってた、高いタオルだけど。  「………、良いけど………」  ブツブツ言いながら、いつものようにジムに入り、トレーニングを始める。  黙々と体を鍛えていると、キィ。と扉の音が鳴る。  俺は音がした出入り口に視線を投げかけると、そこには先日のDomが入ってきているところだった。  「あ、やぁ。また会ったな」  人あたりの良さそうな笑みを浮かべながら、俺に近づいてくると  「君この前、タオルを忘れてたようだが?」  そう言いながら何やらゴソゴソと肩に掛けていたバッグを漁る。  俺はトレーニング器具の上で固まっていて、そのDomの様子を見ているだけ。  「一応、洗ってある」  バッグの中から出てきたのは、忘れて帰ったタオル。  ズイッと目の前に出されて、微笑まれる。  この前の印象とはだいぶ違った優しい雰囲気に、俺はオズオズと手を出し  「ッ…………、どうも、です」  ボソボソと呟いた俺は、差し出されたタオルを受け取って器具から退けると、早々に帰る準備を始める。  「ん、帰るのか?」  俺の動作にそのDomは首を傾げながらそう言うので  「はぁ……、もう俺は終わったんで……」  それに、アンタと一緒にトレーニングとか無理だから!  受け取ったタオルをバッグに詰めて、ペコリとお辞儀をすると、俺はその人の横を通り過ぎようとする。  「あ、ちょっと待って」  通り過ぎようとした時に、手首を掴まれそう言われると、そのままグイとその人の側まで引き寄せられてしまう。  「え?……ッあ、……」  バランスを崩し、その人の胸めがけて顔が近付きそうになった瞬間に、両肩を掴まれすんでのところでぶつかる事を回避できた。  「な、……なんですか?」  顔を見ることができずに、正面の胸板を凝視しながら呟く俺に、相手はヒョイと顔をずらし、俺と視線を合わせてくると  「名前は?」  なんて質問。  「はぁ?」  突然の事に俺は呆けた返事を返すと、それが面白かったのか相手はクスリと笑って  「名前」  再度同じ事を聞かれた俺は、シパシパと瞬きを繰り返し  「え?………、名前?」  と、聞き返してしまう。  何故、俺の名前が気になるのか………。  出来れば言いたくないが、言わない限りは肩に置かれた両手を離してくれないだろう。  「私は橘英臣、君は?」  マゴマゴと言い淀んでいる俺に、先に相手が自分の名前を言ってしまう。  イヤ、知らなくていいんだが……。  もうここまできてしまうと、言わざるをえないんだろうなと、俺は眉間に皺を寄せて  「石川、絢斗……」  と、素っ気なく呟く。  「石川君……、君ここの住人?」  ………はぁ?  なんでそんな事聞いてくるんだ?  てか、ジム使ってる時点でそうだろうよ。  この人が何が言いたいのか解らなくて黙っていると  「ん、でもジムを使っているなら、そうだよな?」  俺が今思っていた事を、ブツブツと呟きながら  「何階に住んでるんだ?」  ズカズカと俺のパーソナルスペースを踏み荒らし、個人情報を聞いてくる台詞に、俺は眉間の皺を深くすると  「………、イヤ、関係あります……?」  早く俺はここから立ち去りたいんだよ。  口には出さないが、態度や表情は隠さない。  俺の雰囲気で察しろ!と思いながら喋ると  「ん?まぁ、関係無いが……、友人になりたいと思ってな……」  「……………は?」  突然の申し出に、俺は固まって相手を凝視してしまう。  友人……?  友人になりたいって言ったか、今?  「……ッ」  頭、おかしいだろコイツ!  俺は両肩を掴まれている手を振り払うように腕を回して、バッグを肩に掛けるとクルリと踵を返し、ダッシュする勢いでジムを後にする。  三階まで駆け上がりエントランスのカウンターに、ジムのカードキーを叩き付けるように置くと、悠長にエレベーターを待ってられなくて、再び階段で自分の部屋の階まで駆け上がる。  自宅の玄関ドアを開けようと、鍵を鍵穴に入れようとするが、動揺していた俺は何度かガチガチと鍵を挿せなくて苛つき、やっと開けた玄関に入ると、その場にズルズルとへたり込んでしまう。  ……………。あのDom、ヤベー……ッ。  友人?Subの俺に、そんな事よく言えたな。  玄関でへたり込んでいる俺の側に、ティーとルゥが駆け寄ってきて、ゴロゴロと喉を鳴らしながら俺の足に擦り寄ってくる。  「……………、飯だろ?」  俺の問いかけに、二匹ともサイレントニャーを交互に口にし、スリスリと頭を擦り付けてくるので、俺は小さく溜め息を吐き出し立ち上がると  「……、解ったから」  ようやく俺が立ち上がった事で、二匹ともピクリと反応して、リビングの方に駆け出して行く。  俺も二匹につられるように脚を動かして、リビングヘ。  こんなにも感情を起伏される事があるのに、二匹がいてくれるお陰で俺は楽になれる。  それは二匹共、人間に感情を左右されないからだ。  自分達の欲求に素直な行動をとってくれるお陰で、俺も気持ちが落ち着く。  リビングで二匹分の飯の用意をして、ガリガリと食べる様子をしばらく見詰めると、ジムで着ていた服やタオルを洗濯機に放りこむ。  返ってきた洗われたタオルも、俺は溜め息を吐き出しながら洗濯機の中に入れる。  もう、手洗いしなくていいわ。きっとあちらさんも洗濯機に入れたと思うし……。  洗濯が出来るまで着替えて掃除し、室内に洗濯を干して、二匹としばらく遊ぶ。  その様子をスマホに撮りながら、結構二匹の動画も溜ったよな……。と思い、俺はその動画をアップしようと編集作業を始めた。  俺がアダルト配信をする前は、ティーとルゥの動画をアップして投稿していた。  こちらも結構人気で、有り難い事に広告収入も入ってくるようになった。  ファンも沢山いて、定期的に猫用の餌とか玩具とかを送ってくれる人もいて、大変助かる。  こちらの動画でも、俺が顔を晒すことは無いけど、所々手とか部屋とかを出していて、俺にしてみてもこっちは素の俺でいれるから、割と動画をアップするのも楽しみだ。  動画名はティールゥム。キラキラの盾も送られてきた事があって、個人的にすっげぇ嬉しかったんだよな。  俺が会社勤めしてる時から、二匹の動画を撮ってファンを増やしていて……。将来的には動画で収入を安定して、悠々自適に暮らしていくっていうのが目標だったから。  まぁ、大体は今叶った生活を送ってるワケだけど……。  叶わなかった事も、色々ある。  何日分かの動画を作成して、一番前に撮ったものをアップすると、そろそろ遅めの昼食でも食べるかと立ち上がった。

ともだちにシェアしよう!