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第4話

 ジムの明かりが点いている。  ……………、また来てんのかよ……。  俺は溜め息を吐き出し、立ち去ろうかどうしようかと考えを巡らす。が……、立ち去って唯一の体を動かせる時間を潰すのも勿体無いと、扉に手をかける。  ここ何週間か、俺はいつも通り夜中に運動するためジムに足を運ぶと、決まって誰かが先に使用していたのだ。  この時間帯に珍しいな。と思いつつ中に入ると、アイツ、橘英臣が運動している。  俺は息を呑んで踵を返し、ジムから出ようとしたが  『やぁ、待ってた。していくんだろ?』  と、笑顔なのに、目が笑ってないDom独特の喋り方で言われる。  『イヤ……』  あんたがいるから帰ります。と口には出さずに立ち尽くしていると  『せっかく体動かしに来たのに、しないでどうする?』  なんて、最後までは言わないが、コイツも俺がコイツを避けているのは、解ってるらしい。  まぁ、解るか。自分がいて俺が見た瞬間に帰ろうとしてんだから…。  『別に取って食ったりしないが?』  俺の不安を見透かしたようにクスリと笑って言う物言いに、カチンときてしまい俺は帰ることを諦めて、トレーニング器具に近付く。  『ハハ、素直だな』  いちいち癪に障る物言いに、俺は無視を決め込み、自分の体を鍛え始める。  コイツ、橘は俺が無視をしていても俺の隣に来ては、一緒に体を鍛え始めるし、聞いても無いのにベラベラと自分の話をし始める。  一度、『黙っててもらえません?』と、嫌味を込めて言ったのに、俺がそう言った事で更に喋りだした。  ……………ッ、頭沸いてんのか!?  俺は諦めて、橘がそれから何か言っていても、相手をせずに黙々と体を鍛える事に集中する。  「おはよう、石川君」  キィとジムの扉を開くと、ベンチに座って喉を潤している橘が、手を上げてニコニコと俺に挨拶してくる。  「……………」  俺はお決まりの無視をして、自分がやりたい器具へと近付くと  「不思議なんだが、君いつもこの時間帯にジムに来てるんだよな?」  あ~~~、始まった。俺の詮索。  フゥ~。と息を吐き出して、ガチャンとトレーニング器具を動かす俺に  「普通の会社員なら、朝早く運動しようにも、もう少し遅く来てトレーニングすると思うんだが……?」  チラチラと俺を見ながら探るように喋りかけてくる。  だが俺は真正面を向いたまま、ガチャン、ガチャンとトレーニングを続けていると  「ン~、会社員は違うか。…………、あ、ニートか?」  ガチャンッ!!  「ッんなワケ、ね~だろッ!」  器具を下ろして、ギッと橘を睨み付けると  「まぁ、だろうな。じゃなきゃここに住めないしな?」  ニコニコとそう言う橘に、俺はのせられたと解り黙る。  「また黙りか、そろそろ会話をしよう」  口を尖らせて拗ねたように言ってくる橘に、俺は、はぁ~~~。と大きく溜め息を吐いて  「悪いけど、俺はあんたとは友達になりたくないんだよ。解かれよ」  と、呟く。  だが  「その心は?」  なんて茶化して俺に聞いてくるから。  ブッと、俺の中で何かが切れる音がして  「あんたがDomだからだよッ!」  と、言ってしまう。  そんな俺に橘は一瞬キョトンとした顔をしたが、次いでは  「なんだ、私がDomっていう認識はあるのか」  ボソリと呟いた橘の言葉に、俺はチッと舌打ちすると  「……、何が言いたい?」  と、問い返す。  橘は俺が問い返したのが意外だったのか、俺にニコリと笑顔を向けて  「イヤ、大体の人間は私のフェロモンにあてられるだろ?」  含みを持たせた物言いに、俺は更に眉間の皺を深くし  「だから?皆があんたに服従するって?」  「大体はね」  いけ好かない答えが返ってきて、俺は口を閉ざす。  Domは大体こういう思考だ。  いつだって上から人の事を見下してくる。  「だけど君は違った、だろ?」  俺が口を閉ざすと、橘はニコニコと話し始める。  「最初会った時から君は私を避けた」  「………、だからなんだよ?」  何が言いたいのか解らず、嫌そうに聞き返した俺に  「だから、君に興味を持った」  その意味が解らず、苛つきながら  「だからなんでそこで興味持つんだよ!?」  「私の周りにはいないからな」  表情を変えずに橘は俺に話し始める。  「私は、小さい時から周りにチヤホヤされててね」  ケッ。だからどうした?  「Domの家系でフェロモンが強いのか、Subだけでなく、そうで無い人も私に群がる」  ………、コイツ自慢かよ。  「辟易してるんだ」  ……………?  俺が想像していた答えとは違う話に、俺は橘を凝視してしまう。  「私と同じDom性は、私を蹴落とそうとするし、そうじゃ無い人は私に媚びへつらうか服従してしまうんだよね。長年そういう周りに囲まれて生活してると……、まぁ、疲れるんだよ」  ほんの一瞬橘から笑顔が消え、苦しそうに眉をひそめるが、それはすぐにまた笑顔で隠される。  「……、そんなもん周りの奴が薬であんたのフェロモンの影響受けなきゃ、良いだけの事だろ?」  俺がそうなように、橘の周りにもいたはずだ。  Domに近付きたいと思う奴は、どんな事しても近付く。  橘のフェロモンの影響を受けなきゃ、従いたい欲求も軽減されるはずだ。  「まぁ、そうなんだが。けど、違うんだよな」  俺との会話を楽しんでいるのか、橘は俺との距離を更に詰めると  「薬で誤魔化しても、結局は私に媚びるんだよ。皆、欲求には素直だから」  俺は距離を詰められたことで、跨いでいるトレーニング器具から脚を外し、座り直す事で、何かされてもすぐに逃げれるように構える。  橘は話しながらも、俺の行動に気付いていて、口の端を先程よりも上げると  「けど君は違うだろ?そうやって私から距離を取る」  「……………、Domが嫌いだからな」  「ウン、私もそんな君に好感が持てるよ。だから友人になりたい」  「ハ……、無理だろ」  「どうして?君はSubじゃ無いだろ?身体的にも、精神的にもDomの、私の近くにいてもSubよりは問題無いはずだ」  コイツ、俺の事一般人のノーマルだと思ってるのか。  まぁ、キツイ薬飲んでるし、Domが嫌いで距離取ってるから俺がSubだと解らないっていうのも頷ける。  そのまま勘違いしてくれてるのは有り難いが……。  「気持ちの問題だろ……。俺はDomが嫌いだから、Domのあんたとは無理って事」  引き下がらない橘に、俺は小さく溜め息を吐き出しながら呟く。  「なんで君はそんなにDomを毛嫌いする?」  ズバリと聞いてきた橘に、俺はフイと視線を外す。  気にはなるだろうが、聞かれたくない質問だと牽制するためだ。  だが、橘は諦めの悪い男だった。  「…………理由は言わなくても良いけど、私とその辺のDomとを一緒くたにするのも、如何なものかな?」  「あんま変わんねーだろ?DomはDomだろ」  「酷く無いか?」  話が一度ここで途切れ、区切りがついたと感じた俺は、橘の方に視線を戻して  「てか、あんたも体動かしたら?」  ジロリと嫌そうに呟いた俺に対して、橘はクスリと笑うと  「ウ~ン、やっぱり諦められないんだよな」  と、言いながらも俺から離れてトレーニング器具に近付いて行く。  

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