10 / 20
第10話
「本当はSubだったんだな」
開口一番、橘からの台詞に俺は固まる。
目が覚めて最初に見たのは、橘の顔。
なんでコイツが目の前にいるのか解らなくて、パチパチと瞼を瞬いているとそう言われた。
言われた途端に完全に目が覚めて、俺はスゥッと顔から血の気が引くのを感じる。
「あ゛?……ッ、なん、で……?」
こんな近距離に橘の顔があるのか……?しかも同じベッドで寝ている事実に、俺は言葉が出ない。
ハクハクと空気を食んでいる俺の首筋に手をあて
「熱は下がったか……」
優しい口調と表情で呟かれ、俺は昨夜の記憶が蘇る。
抱き締められ、背中を優しく叩かれた安心感に……。
ブワワッと今度は顔から火が出るのかと思うほど熱くなり、バッと、橘から顔を反らして下を向くと、俺が橘の手を握っている。
あ?何でだ!?
数秒その事実を飲み込むまで時間がかかり、ハッとして握っていた手を離すと、反対に橘の手が俺の手を握り返す。
「何、して……ッ」
俺が何か言うよりも先に、橘が俺を抱き締めてくる。そうしてそのまま俺を自分の胸の中に収めると
「辛く無いか、体?」
頭の上からそう聞かれて、一瞬言葉をなくしてしまう。が、聞かれて気付けば寒くも無いし、熱くも無い。
自家発電で発症したサブドロップも収まっていて……
「あ…、ぁ」
呆けたように呟けば、フフッと上からかすかに笑われて、頭を優しくポンポンと叩かれる。
「そうか、ならもう大丈夫だな」
言いながら橘は抱き締めていた腕を離すと、俺の隣から起き上がりベッドの端に座りながら
「まぁでも、大事を取って今日まで休めよ」
俺の方には視線を寄越さず、座ったまま一度大きく両手を突き上げ伸びをし、ベッドから立ち上がり
「水、貰っていいか?」
そう言って寝室を出ていく。
橘の背中を何も言わずに見送って、パタリと扉が閉まると、俺はベッドの中でモゾモゾとのたうち回った。
何が、起こった!?!!?
何だよッ、夢だけど夢じゃ無かった現象!
え?何?アイツのお陰で俺のセルフサブドロップが落ち着いたの!!?!
薬も効いたかもだけど、すこぶる体調良くなってんのもアイツのお陰??!?!
「イヤ、てかSubってバレたしッ!?」
ベッドの中でモダモダしていた俺は、自分の一言でピタリと動作を止めた。
……………ッ、バレたッ!!!!!
俺はガバリッと起き上がり、寝室のドアを勢い良く開け、リビングの俺の定位置になっているクッションの上で、俺の愛猫と戯れている橘を視界に捉えると
「あ、のさっ!……………ッ」
勢い良く飛び出して来たわいいが、何を言えば良いのか解らなくなる。
イヤ、俺からは何も言えない。よな?
Subだと橘に明かしていなかったのは俺だ。バレたからって、こっちから言う事は無いし、むしろ橘の方が俺に言う方だよな?
そう考えが至ってしまえば、その先の台詞を失ってしまい、言えずにその場で固まってしまった俺に
「どうした?」
甘えてくる猫を撫でながら、俺に視線を向けて聞いてくる橘に、俺はフイと視線を外して
「あ~………、何か、食べるか?」
としか言えなくなる。
橘に背中を向けて、キッチンへと移動する俺の背中に
「助かる、実は腹ペコなんだ」
「……、そ~かよ。手の込んだのは無理だぞ」
ボソボソと早口で喋って、俺は逃げるようにキッチンに行く。
ン、あ~~~~ッッ!どうしてアイツは何も言わね~んだ!?
対面式のキッチンへと入った俺は、橘に背を向けるように冷蔵庫を開けながら心の中で絶叫する。
俺がSubだと解ったなら、何か一言あるだろうがッ!
『本当はSubだったんだな』
で、終わらすつもりかよ!?
何かあんだろ、騙してたのか?とか、騙してたのか?とかッ、騙してたのか?とかッ!
適当に冷蔵庫から食材を取り出して、バンッと勢い良く閉め、クルリとリビングが見える方向に向くと、楽しそうに愛猫達と遊んでいる橘の姿。
……………。コイツ、そこまで気にしてね~のか?それとも後で何か言うつもりとか……?
最悪解雇になる可能性も……、あるよな?
まぁ、別にそれは構わないんだが……。今までみたいに配信で食ってはいけるから……。
後、一番警戒しないといけないのは……、コイツのフェロモンだよな……?
俺がSubだと解ったんなら、今以上に………。
気を付けなくても、問題無いのか。
コイツは俺みたいにゲイじゃ無いから、例え俺がSubだとしても、興味が無い……。
…………………。だから、何も言わないのか。
考えながら無意識に橘をジッと見詰めていたらしい俺に、フイに橘が視線を上げて俺の方に顔を向けると
「オイ、大丈夫か?」
ボーッとしている俺に声をかけてきたので、その言葉に俺はハッとなり
「大丈夫に決まってんだろ」
少し声を荒らげて、俺は簡単な食事を用意する事に専念した。
二人で朝食とも昼食ともつかない食事を摂り終わり、俺はコーヒーを橘に出して食器を洗っていると
「トイレ、借りる」
おもむろにクッションから立ち上がった橘の言葉に、俺は皿を拭きながら
「あぁ、それならこの部屋出て左の……」
簡単に説明しながら皿から視線を橘に向けると、奴は俺が配信で使っている部屋の扉を開けようとしていて
「あ゛っ!?チョッ、ちょっと!何して」
俺は慌てて拭いていた皿をシンクに置くと橘の側に駆け寄るが、一足遅く奴はもう扉を開いて部屋の中に一歩足を踏み入れていた。
配信部屋は、その為だけに用意した部屋なので、中は当然たがアダルトな物がそのまま置いてある。
見た人によってはヤり部屋だと思われるが、遠からずと言ったところだ。
橘は部屋の中で一瞬固まったが、じっくりと部屋中を見渡しているので、居心地が悪い。
「オイ、トイレはここじゃね~って……」
ガシガシと後頭部を掻きながら、橘の腕を掴んで部屋から引っ張り出そうと俺は手を伸ばす。と
「…………………ヨル?」
ボソリと呟いた名前に、俺は掴んだ手をビクリと震わせ、橘の腕を離した。
「……え?」
橘からまさかその名前が出てきたのが不思議で、俺は視線を橘の顔に泳がすと、すでに橘は俺を見詰めていて
「君、ヨル?」
確信めいた言い切りの台詞に、俺はヒュッと息を吸い込む。
吸い込んだ息は、言葉として吐き出される事は無く、そのまま俺は橘を凝視していると、小さく、チッ。と舌打ちの音。
「え?……」
まさか橘が舌打ちするなんて意外で、聞き返そうと小さく出た単語が合図になったのか、急に俺は橘に腕を掴まれたと思ったら、気付いた時には背中にベッドの柔らかい感触を受けていた。
「何、して……ッ!」
「私が聞いてるんだ、答えろ」
ベッドから起き上がろうとしながら、橘に向かって言葉を吐くが、俺の言葉に被せるように強い口調で遮られるし、何を思ったかDomのフェロモンで俺を圧してくる。
下手に抵抗したって、俺が敵うはずは無い。それに今日は抑制剤を飲んでいないのだ。これ以上コイツのフェロモンにあてられれば、自分の意思とは関係無く最終的には屈してしまう。
俺は全身の力の抜いて、ベッドに寝転がると
「だったら、何?てか、よく解ったな?」
アッサリと諦めて認めた俺に、橘は俺の腕を掴んでいた手を離し、何やら考えながら俺の上から退けた。
何だ?何、考えてる?
橘の行動に、掴まれていた腕を擦りながら、俺は奴を訝しげに見詰めていると、再び俺の方にズイと近付き
「………、私とプレイしないか?」
なんて、お誘い。
「は、ぁ?」
俺は眉間に皺を寄せて、橘に聞き返した。
ともだちにシェアしよう!