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第10話

 「本当はSubだったんだな」  開口一番、橘からの台詞に俺は固まる。  目が覚めて最初に見たのは、橘の顔。  なんでコイツが目の前にいるのか解らなくて、パチパチと瞼を瞬いているとそう言われた。  言われた途端に完全に目が覚めて、俺はスゥッと顔から血の気が引くのを感じる。  「あ゛?……ッ、なん、で……?」  こんな近距離に橘の顔があるのか……?しかも同じベッドで寝ている事実に、俺は言葉が出ない。  ハクハクと空気を食んでいる俺の首筋に手をあて  「熱は下がったか……」  優しい口調と表情で呟かれ、俺は昨夜の記憶が蘇る。  抱き締められ、背中を優しく叩かれた安心感に……。  ブワワッと今度は顔から火が出るのかと思うほど熱くなり、バッと、橘から顔を反らして下を向くと、俺が橘の手を握っている。  あ?何でだ!?  数秒その事実を飲み込むまで時間がかかり、ハッとして握っていた手を離すと、反対に橘の手が俺の手を握り返す。  「何、して……ッ」  俺が何か言うよりも先に、橘が俺を抱き締めてくる。そうしてそのまま俺を自分の胸の中に収めると  「辛く無いか、体?」  頭の上からそう聞かれて、一瞬言葉をなくしてしまう。が、聞かれて気付けば寒くも無いし、熱くも無い。  自家発電で発症したサブドロップも収まっていて……  「あ…、ぁ」  呆けたように呟けば、フフッと上からかすかに笑われて、頭を優しくポンポンと叩かれる。  「そうか、ならもう大丈夫だな」  言いながら橘は抱き締めていた腕を離すと、俺の隣から起き上がりベッドの端に座りながら  「まぁでも、大事を取って今日まで休めよ」  俺の方には視線を寄越さず、座ったまま一度大きく両手を突き上げ伸びをし、ベッドから立ち上がり  「水、貰っていいか?」  そう言って寝室を出ていく。  橘の背中を何も言わずに見送って、パタリと扉が閉まると、俺はベッドの中でモゾモゾとのたうち回った。  何が、起こった!?!!?  何だよッ、夢だけど夢じゃ無かった現象!  え?何?アイツのお陰で俺のセルフサブドロップが落ち着いたの!!?!  薬も効いたかもだけど、すこぶる体調良くなってんのもアイツのお陰??!?!  「イヤ、てかSubってバレたしッ!?」  ベッドの中でモダモダしていた俺は、自分の一言でピタリと動作を止めた。  ……………ッ、バレたッ!!!!!  俺はガバリッと起き上がり、寝室のドアを勢い良く開け、リビングの俺の定位置になっているクッションの上で、俺の愛猫と戯れている橘を視界に捉えると  「あ、のさっ!……………ッ」  勢い良く飛び出して来たわいいが、何を言えば良いのか解らなくなる。  イヤ、俺からは何も言えない。よな?  Subだと橘に明かしていなかったのは俺だ。バレたからって、こっちから言う事は無いし、むしろ橘の方が俺に言う方だよな?  そう考えが至ってしまえば、その先の台詞を失ってしまい、言えずにその場で固まってしまった俺に  「どうした?」  甘えてくる猫を撫でながら、俺に視線を向けて聞いてくる橘に、俺はフイと視線を外して  「あ~………、何か、食べるか?」  としか言えなくなる。  橘に背中を向けて、キッチンへと移動する俺の背中に  「助かる、実は腹ペコなんだ」  「……、そ~かよ。手の込んだのは無理だぞ」  ボソボソと早口で喋って、俺は逃げるようにキッチンに行く。  ン、あ~~~~ッッ!どうしてアイツは何も言わね~んだ!?  対面式のキッチンへと入った俺は、橘に背を向けるように冷蔵庫を開けながら心の中で絶叫する。  俺がSubだと解ったなら、何か一言あるだろうがッ!  『本当はSubだったんだな』  で、終わらすつもりかよ!?  何かあんだろ、騙してたのか?とか、騙してたのか?とかッ、騙してたのか?とかッ!  適当に冷蔵庫から食材を取り出して、バンッと勢い良く閉め、クルリとリビングが見える方向に向くと、楽しそうに愛猫達と遊んでいる橘の姿。  ……………。コイツ、そこまで気にしてね~のか?それとも後で何か言うつもりとか……?  最悪解雇になる可能性も……、あるよな?  まぁ、別にそれは構わないんだが……。今までみたいに配信で食ってはいけるから……。  後、一番警戒しないといけないのは……、コイツのフェロモンだよな……?  俺がSubだと解ったんなら、今以上に………。  気を付けなくても、問題無いのか。  コイツは俺みたいにゲイじゃ無いから、例え俺がSubだとしても、興味が無い……。  …………………。だから、何も言わないのか。  考えながら無意識に橘をジッと見詰めていたらしい俺に、フイに橘が視線を上げて俺の方に顔を向けると  「オイ、大丈夫か?」  ボーッとしている俺に声をかけてきたので、その言葉に俺はハッとなり  「大丈夫に決まってんだろ」  少し声を荒らげて、俺は簡単な食事を用意する事に専念した。  二人で朝食とも昼食ともつかない食事を摂り終わり、俺はコーヒーを橘に出して食器を洗っていると  「トイレ、借りる」  おもむろにクッションから立ち上がった橘の言葉に、俺は皿を拭きながら  「あぁ、それならこの部屋出て左の……」  簡単に説明しながら皿から視線を橘に向けると、奴は俺が配信で使っている部屋の扉を開けようとしていて  「あ゛っ!?チョッ、ちょっと!何して」  俺は慌てて拭いていた皿をシンクに置くと橘の側に駆け寄るが、一足遅く奴はもう扉を開いて部屋の中に一歩足を踏み入れていた。  配信部屋は、その為だけに用意した部屋なので、中は当然たがアダルトな物がそのまま置いてある。  見た人によってはヤり部屋だと思われるが、遠からずと言ったところだ。  橘は部屋の中で一瞬固まったが、じっくりと部屋中を見渡しているので、居心地が悪い。  「オイ、トイレはここじゃね~って……」  ガシガシと後頭部を掻きながら、橘の腕を掴んで部屋から引っ張り出そうと俺は手を伸ばす。と  「…………………ヨル?」  ボソリと呟いた名前に、俺は掴んだ手をビクリと震わせ、橘の腕を離した。  「……え?」  橘からまさかその名前が出てきたのが不思議で、俺は視線を橘の顔に泳がすと、すでに橘は俺を見詰めていて  「君、ヨル?」  確信めいた言い切りの台詞に、俺はヒュッと息を吸い込む。  吸い込んだ息は、言葉として吐き出される事は無く、そのまま俺は橘を凝視していると、小さく、チッ。と舌打ちの音。  「え?……」  まさか橘が舌打ちするなんて意外で、聞き返そうと小さく出た単語が合図になったのか、急に俺は橘に腕を掴まれたと思ったら、気付いた時には背中にベッドの柔らかい感触を受けていた。  「何、して……ッ!」  「私が聞いてるんだ、答えろ」  ベッドから起き上がろうとしながら、橘に向かって言葉を吐くが、俺の言葉に被せるように強い口調で遮られるし、何を思ったかDomのフェロモンで俺を圧してくる。  下手に抵抗したって、俺が敵うはずは無い。それに今日は抑制剤を飲んでいないのだ。これ以上コイツのフェロモンにあてられれば、自分の意思とは関係無く最終的には屈してしまう。  俺は全身の力の抜いて、ベッドに寝転がると  「だったら、何?てか、よく解ったな?」  アッサリと諦めて認めた俺に、橘は俺の腕を掴んでいた手を離し、何やら考えながら俺の上から退けた。  何だ?何、考えてる?  橘の行動に、掴まれていた腕を擦りながら、俺は奴を訝しげに見詰めていると、再び俺の方にズイと近付き  「………、私とプレイしないか?」  なんて、お誘い。  「は、ぁ?」  俺は眉間に皺を寄せて、橘に聞き返した。  

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