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第14話
かといって、ハウスキーパーの仕事を疎かにしては駄目だ。
今日も橘は自宅で仕事をする日だし、俺は買い物も無いので抑制剤を飲まずに来ている。
昼食は、キッチンで食べていた橘もここ最近は書斎で食べることが多くなった。
俺と顔を合わせる事に、気まずさがあるのだろうか……。
「ま……、俺も好都合か」
顔を合わせてしまえば微妙な空気が俺達を包む。そうならないのは、俺自身有り難い。
自惚れて暴走してしまった俺は、橘の顔を見れば恥ずかしさで顔が赤くなる自覚がある。そんな自分を見られないで済むのだ。
書斎以外の部屋をいつも通り綺麗に片付けていると、ピンポーンとインターフォンが鳴る。
「はい」
『橘様のご自宅でいらっしゃいますか?』
インターフォンからは女性の声、すかさず画面を確認すると色白の髪の長い女性が、エントランス前に映っている。
「そうですが……」
『美鈴と申しますが、英臣さんご在宅でしょうか?』
「少々、お待ち下さい」
『はい』
橘から来客が来るとは聞いていなかった。
俺は書斎にいる橘に伝えようと足早に部屋に向かい
コンコンコン。
「橘、美鈴さんって人が訪ねてきてるけど、入ってもらうか?」
ドサッ、ガタタッ……、バンッ。
「イヤ……、少し出てくる……」
慌てた様子で書斎から出てきた橘は、俺の顔を見ずにそう言って、そのまま玄関を出ていってしまう。
「え?……、何?」
あ然と橘の後ろ姿を見送って、溜め息を吐きながら頭を掻くと、俺は再びインターフォンのところへと行き
「すみません、今橘がそちらに向かってますので、もう少々お待ち頂いても宜しいですか?」
『あ……、そうなんですね。解りました……。ご丁寧にありがとうございます』
画面越しにニコリと笑われ、俺は小さくイエ。と呟いて受話器を置こうとすると
『あ、英臣さん。わざわざ出てきて頂いて、ありがとうございます』
と、橘が美鈴と言っていた女性のところに着いたようだった。
『どうしたんですか突然、連絡を下さればこちらから迎えに行きますよ?』
『イエイエ、そんなお手間はお掛けできません』
『ここじゃ何なんで、どこかゆっくりできるところへ』
『はい』
………、ガチャンッ。
無言でインターフォンの受話器を置いて、俺は掃除の続きを始める。
画面越しにだから、さっきの人がノーマルなのかSubなのか解らなかった。ただ橘の柔らかい表情が頭から離れない。
あの人とは一体どういう関係なんだろう?
黒髪ロングの清楚系美人。
ああいうのが好みなら、俺とはタイプが真逆になる。し、見た目にもしっくりくるような……、絵に描いたような美男美女カップル。
俺とはプレイは出来ても、恋愛対象とは違うのかも知れない。バイでも抱き心地を考えれば断然女を抱いた方が気持ち良い。
それにアイツは俺とは違って会社経営のスゲ~奴で、実家とは疎遠だといってもお堅い感じの家柄だし、普通に女と結婚して、子を成して……っていうのがセオリーなら、俺と付き合うどうこうは考えられないよな……。
アイツが俺に近付いて来たのも、周りにはいない人種で、友人になりたい。と言っていたし、プレイはするけど、最後まではパートナーとしかしないと言われた。
「……………、やっぱ俺の勘違いで、先走ったか……」
プレイは俺の為。
あの日俺がセルフでサブドロップになって苦しんでいるのを、橘は同情してくれただけの事で、俺がアイツと寝て俺が勝手にサブドロップから落ち着いたから、優しいアイツは手を差し伸べてくれたのだ。
「あ~~……、やっぱ恥っず……穴があったら入りたい………」
自分がいたたまれなくなって、掃除をしているが、その場にしゃがみ込んでしまう。
「アイツが、善意でしてくれた事を俺が勘違いして告るって……」
そりゃぁ、困らせるだけだよな……。
けどアイツは、優しいからあんな濁すような断りしか俺に言えなくて……。
大丈夫、大丈夫!察したから!ハウスキーパーもしてる俺にズバッと断ったら、気まずいもんな?断られて辞める可能性も考えたら、まぁ、あの言い方が妥当か!
「俺もこんな割りの良い仕事、辞めたくないしな」
はぁ~っ。と大きく溜め息を吐き出し、俺はその場から立ち上がると、脱衣所で分別したクリーニングに出す衣類をまとめる。
切り替えて仕事に専念しなければ。
俺が気まずい雰囲気を出してしまうと、橘もやり辛くなる。と、グッと唇に力を入れた。
クリーニングに出す衣類を、エントランスホールにいるコンシェルジュに渡すため、俺はエレベーターを下っている。
これを出した後、夕飯作って……、冷蔵庫の中何があったかな?なんて考えていると、直ぐに三階のエントランスホールに着く。
コンシェルジュがいるカウンターヘ行くと、顔なじみの田中さんがいて
「石川様、こんにちは」
「ども……、珍しいですね田中さんがこの時間帯いるの……」
「本日、一人体調不良でして急遽時間変更になったんです。石川様もこの時間帯にこちらに来るのは珍しいですね」
俺の台詞に柔らかく返事を返してくれる田中さんに
「俺は、クリーニングを……」
言いながら、専用の袋に入れたクリーニングをカウンターヘ出すと
「あぁ、かしこまりました。ではこちらにご記入宜しいですか?」
スッと出された記入用紙に、俺は氏名等を書いていく。書き終わると田中さんは俺に控えを渡してくれるので、それを手に取った瞬間
「え?」
大分驚いた感じで田中さんが固まるので
「え?」
と俺も聞き返すと、直ぐに
「イエ、申し訳ございません。何でもございませんので……」
言葉を濁す田中さんに、俺はそれ以上突っ込んで聞く事を止める。
そこまで親しくは無い相手に、無理にグイグイと聞いても嫌だろうと思ったからだ。
「じゃ、お願いします」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をされて、俺はまた橘の部屋まで戻っていく。
冷蔵庫の中身を見て、頭の中で献立を考えると、必要な食材を出して料理を始める。
作る量は二人分。だけど最近は、自分の分だけタッパーに詰めて持ち帰る事にしているので、皿に乗るのは橘の分だけだ。
手際良く作り終えると、皿に盛り付けた料理にラップをかけて、今日の献立を橘にラインする。
掃除のやり残しは無いかと一応最後にチェックして、俺は橘の部屋を後にした。
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