15 / 20
第15話
今日は自分の部屋で、久し振りにアダルト配信をしようと思う。
橘とのプレイが無くなり、触れてもらえなくなってから、イラッ、ムラッの感情が増えたし、橘との相変わらずな距離感に、少なからず精神的にやられてきた事も理由の一つだ。
定期的にプレイや、自家発電しておかないと、精神的に追い詰められるし、そのまま放置して体調不良や精神衰弱にはなりたくない。
先日の美鈴と言っていた女の人は橘とどんな関係なのか、本人に聞きたいが、聞いてしまって恋人だと言われてしまったら……。と、恐怖で聞けない自分がいる。
恋愛感情と意識してしまえば、自分がこれほどまで臆病なのかと驚いてしまう。意識する前の俺ならきっと聞けていたのに……。
橘の自宅でハウスキーパーの仕事は続けているが、できるだけ橘を自分の視界に入らないようにと意識すれば、驚くほど限られた空間でもすれ違う。
まぁ、意識はしているので、耳で聞く事に特に敏感になっていて、物音で橘の居場所を把握しようとするから、自宅ヘ帰る頃には結構疲れている事が増えた。
カタンッ。
よし、今日の仕事も終わったな。
夕食を作り終え、テーブルに橘の食事を用意して、書斎にいる橘に今日の献立と帰る旨をラインする。
袋に入れた自分用のタッパーをガサリと手に持つと、俺は玄関で靴を履こうと壁に手をついた
「帰るのか?」
突然後ろから橘の声がして、俺はビクリッと肩を揺らす。
「ぅおっ、……ビッタ~……、あぁ、そうだな」
できるだけ何事も無いように、明るく言い返すと
「あ~……、体調は?……最近大丈夫なのか?」
なんて、気にかけてくれるから……。
俺は一瞬言葉に詰まり、次いでは更に口角を上げて
「ハハッ、全然大丈夫」
と、強がってしまう。
だってそうだろ?散々俺の事避けて、心配してくれんのは有り難いケド、今こんな感じでプレイの誘いはされたく無かった。同情とかそういうので優しくされたくない。
「そうか?顔色が……」
俺に近付いて、指先が頬に触れようとするから、俺は半歩後ろに下がって
「イヤ、マジで大丈夫だって!お互い、いい大人なんだしそれぞれで発散しようぜ?」
一気に捲し立てながら喋る俺は、橘の顔が見れずに背中を向けると、靴をつっかけて
「ま、おやすみ」
そのまま玄関を出て行く。
上がってきたエレベーターに乗って、自分の部屋の階まで下りる。下りる途中、俺はエレベーターの中でしゃがみ込み溜め息を吐き出した。
一瞬、俺が捲し立てるように喋った後で、は?と不機嫌そうな橘の声が聞こえた気がしたが、顔を見ていないので本当にそうだったかは自信が持てない。もしかしたら俺の希望的観測かも知れないしな。
嫌な言い方をしてしまった。その自覚はある。それぞれで発散させようなんて、散々世話になっておいて、なんて言い草なんだと自分に突っ込みを入れるが、出てしまった発言は取り消せない。
でもこれで良いとも思う。アイツが俺に気を使わなくても、俺は一人でも対処が出来ると思ってくれさえいれば……。
まぁ現に、今までだって一人で何とかしてこれていたのだ。前に戻ると思えば何て事無い。
自分の部屋に着いて、玄関を開けようとすると、俺のスマホが着信を告げる。
鍵を開けながらスマホを確認すると、橘からだ。
俺は何か忘れ物をしたのか?と玄関を開けながら電話に出ると
『さっきの言葉の意味はどういう事だ?』
こちらがもしもしを言う前に、不機嫌な橘の声。
玄関を閉めて靴を脱ぐが、今日は愛猫達が俺を出迎えてくれていない。俺は橘の言葉に返事を返そうと息を吸ったところで、横から衝撃を受ける。
廊下に上がって少し歩くと、寝室がある。そこに誰かがいたらしく、思い切り右側からぶつかってきた衝撃に、俺は左側の壁に体をぶつけてそのまま廊下に尻を打ち付ける。
玄関を右手で開けたので、持っていたスマホは左側の壁にあたった衝撃で俺の手から床に落ちたまま。
「オイッ、てめぇ誰だよッ!!」
俺が相手を確認せずに直ぐにそう叫んだ為、相手も少し狼狽えたのか床に尻を着いた俺の側に駆け寄り、急いで俺の口を手で塞いでくる。
「やめッ!……、おッ……、ングッ!ムウゥッ!!」
ガタガタッと体を滅茶苦茶に動かしているので、壁や床に自分の腕や足、肩があたり物音がする。すると相手は
「Stay」
一言、俺に向かって相手がコマンドを言った瞬間、相手の圧で俺の体は俺の意思を無視してその場に静止する。
コイツ、Domか!?
相手の圧が大きくて俺は顔を上にあげられず、徐々に項を見せる服従の態勢になってしまう。それに抵抗しようとしても体が言うことを聞かず、息が荒くなってくる。
クソッ、誰だよッ!?
その場に静止した俺の口を塞いだままの相手は、スンスンと俺の匂いを嗅いでいる。その行為にゾッと寒気が体中に走り、あらわになった項が粟立つ。
「ハァッ、ハァッ。また君を見付けた……、運命だよね俺達……」
荒い息を吐き出しながら、俺の耳元で喋る声は、聞き覚えがある。俺はギッと睨み付けるように視線を相手に向けると、フードを深く被った顔は暗くて良く見えないが、雰囲気でコンシェルジュの田中さんだと解る。
「ン゛ゥ~ッ、グッグゥ~!!」
田中、てめぇ~ッ!!と叫びたいが、塞がれた口からはくぐもった声しか出ない。
「橘なんかに君は渡さないよ?ずっと俺が見てたんだから……」
何で、俺と橘の関係を知っているのか?クリーニングを出す時も、名前は俺の名前で出している。袋の中を見ないと俺も物では無いと解らないはずだ……。
コイツ、ストーカーか?
ずっと見てたって言う言葉も気になる……。
グルグルと頭の中で考えながら、どうこの場を切り抜けるかと視線を色々と動かすが
「俺のSub、ヨル名義で配信をしてるのも知ってる。俺が構ってやれなかったから、あんな事してたんだよな?」
………ッ、きっ、気持ち悪いッ!何言ってんだコイツ、頭わいてんのかッ!?
「橘は駄目だ、あのDomはお前を幸せに出来ない、知ってるだろ?」
耳元でそう囁かれ、俺の鼓動はドクンと跳ねる。聞くなと頭で警鐘が鳴っているが、相手は面白そうに話を続ける。
「この前、お前も見ただろう?橘が綺麗な女とどこか行くところを。知らないとは言わせないぞ、その後でお前は橘の服を持って俺の所に来たんだからなッ!」
今、一番聞きたくない事をコイツは俺に話始める。興奮しながら、面白そうに……。
「お前がたとえ橘とどういう関係でも、愛されるはずが無い。アイツはお前よりあの女を取るからなッ」
アハハ、アハハッと笑いながら、俺の心を削ってくる。お前に言われなくも、そんな事俺が一番知ってんだよ!
「お前は必要無いんだ?解るよな?だから俺が迎えに来てやった」
愛されない。必要無い。俺じゃない。
知ってる、そんな事、橘が俺を選ばない事も……。
言葉のナイフが、鋭利な切っ先が、俺の心をボロボロにする。
途端に俺は息苦しくなって、過呼吸みたいに上手く酸素が吸えなくなる。
ヒュッ、ヒュッ、と苦しそうに息をしだした俺に相手は
「何だよッ!?俺が迎えに来てやったのに、サブドロップするのかッ!」
苦しさに涙が溢れ、両頬を濡らしていく。
急激に体から血の気が引き、ガチガチと歯が鳴ると、相手が何を言っているのか聞こえなくなる。
ガタガタと揺さぶられながら、耳元で叫ばれているが体温低下と息苦しさに俺はとうとう床に倒れた。
ガァンッ!
その瞬間、玄関が誰かに蹴られたような鈍い音をたてたと思うと、次いではドアが開き誰かの足が視界に入る。
「ヒッ、ヒィィッ!」
田中が怯えるような声を出したのを聞いて、俺の意識はフェードアウトしてしまう。
ともだちにシェアしよう!