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side.Akihito
「凄いな上原、別人じゃないか。よく似合ってるぞ。」
「そうか~?髪とかマジ邪魔くせぇし、堅苦しいんだけどよ…」
椅子に座らされ、先程の生徒に早速弄られている水島を観察しながら、溜め息を吐く俺。
ソイツはテキパキと器用に手櫛で髪を掻き分けながら、あっと言う間に水島を変身させていき───…
「うん、いいね~水島君も。まさかこんな美人さんだったとはね。」
「だろ?」
思った通り、水島は見事にバケやがった。
「…前髪がないと、落ち着かないな。」
いつもは長い髪に隠された素顔が、露わになる。
前髪はオシャレな七三分け風で片方をピンで留めていて。自前の銀縁の眼鏡には、細いシルバーチェーンが付け足されていた。
衣装はダークブルーを基調にしたバーテン服。
首元には蝶ネクタイで…清楚でお堅いイメージの水島にぴったりの、知的でクールな印象といった様相だ。
「芝崎に見せたら、喜ぶんじゃねぇか?」
アイツの場合は、違う意味で喜んでそうだけどな…
「それならお前も、佐藤に見せてやったらどうだ?」
きっと惚れ直すぞ、と不敵に笑う水島。
そう言えば保んトコのクラスは、食堂だったっけか…。休憩回ってきたら、アイツのクラスを覗きに行かねぇとな。
どうせなら一緒に校内回って。
文化祭デートってのもいいかもしれねぇな…とか。
柄にもなくはしゃぎたくなるのも、やっぱり保のおかげなんだろうなと…
アイツの顔を思い浮かべて、俺は自然と笑みを零していた。
「上原君いるかな~…って…─────ええっ!!」
「よぉ、保。」
開店してしばらくすると、保がひょっこりやって来た。
事前に俺と水島がコスプレする事を教えたら、かなり楽しみにしてたし。気になって様子を見に来たんだろう。
「…ぁ……えっと、忙しそう…だねっ?」
俺を見るなり、顔を真っ赤に染めた保。
モジモジと何か言いたそうにしながらも、教室内の現状を目の当たりにして、困ったように眉尻を下げる。
保が言った通り、店は大忙しの大盛況ぶりで。
まだ開店1時間も経ってねぇのに、既に満席状態という有り様だった。
客の大半は女性客で犇めき合い。
クラスメイトの曰く、宣伝がてら開店前に俺達接客係がコスプレ姿で。校内を回ったのが功を奏したから…だそうだ。
「悪ぃな保、予定外に客が来ちまってよ…。」
順番待ちの列が既に廊下を埋め尽くし、
俺はうんざりと大袈裟な溜め息を吐いて見せる。
残念そうにしながらも、保は笑顔で平気だよと相槌を打つ。が…何故かそこでカフェと化した教室内を、キョロキョロと見渡し始めた。
「どした?」
「あ、うん……あの、ねっ─────」
言葉を濁しながらも、口を開きかけた保だったが…
「上原、すまないが早く戻ってくれ!」
水島の叫び声に遮られ、口を噤んでしまった。
「保?」
「…ううん、何でもないよっ。この様子じゃ当分休憩も無さそう…だよね?」
誤魔化すよう笑ってみせる保に、何か引っかかりを感じたものの…
「悪ぃな…暇になったら、お前んトコ行くから。」
更に水島の怒号に急かされ、仕方なくその場は触れずにおいた。
「じゃあ、ね…」
寂しげに手を振って去ろうとする保に、俺はスッと手を伸ばして。
「あっ…」
くしゃりと柔らかくてクセのある短髪を、撫でてやる。
「後でデート、しようぜ?」
優しく髪を梳き、ニッと笑顔を向ければ────…
「…うんっ!」
と、嬉しそうに顔を緩ませ…
保は足早に、廊下を駆けて行った。
(元気なかったな、保…)
朝会った時は、そんな素振り無かったハズなのに。
アイツはとことんネガティブ思考だから、危なっかしくて心配なんだよな…。
「上原く~ん、コレお願い~!」
「ああ、悪ぃ。」
一抹の不安を抱きながらも、慌ただしさに流され俺は…小さな背中を見届けてから、すぐに身を翻す。
そんな俺と保に向け、
不敵な笑みを湛える存在に…
『…み~つけた。』
その時の俺はまだ、気が付きもしなかった。
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