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side.Tamotsu
何か不満げなマキ君を振り返る事なく、上原君はまっすぐ僕だけを見据えて。
妙な胸騒ぎから、まともにその視線が受け止められなかった僕は。上原君からわざと焦点をずらすよう、ぼんやりと目を泳がせた。と…
次の瞬間、僕は彼自身によって。
奈落の底へと突き落とされることとなる。
「なんで来たんだよ、保…」
「ッ…!!」
ここにきて初めて掛けられた言葉が、あまりにショックで。僕はビクンと身体を震わせ、息をするのさえも忘れてしまう。
「…水島か……」
答えられない僕を置き去りに、上原君はひとり納得したよう溜め息を漏らした。
そういう言葉が聞きたかったワケじゃないのに。
まるで綾ちゃんを責めるかのような上原君の態度が。
堪えきれず、頭に血が上ってしまった僕は─────…
「綾ちゃんはっ…上原君のコトが心配だったんだよ!」
つい感情的になり、声を荒げ叫んでいた。
それには一瞬驚いて見せた、上原君だったけれど…
「そうか……けど、今日はもう帰れ、保。」
「え……」
淡々と告げる姿が信じられず、僕は茫然として上原君を捉える。
それでも声にならない想いを込めるよう、視線で必死に問い掛けてみたけれど…
その願いは虚しくも…
上原君のもとへは一切、届く事は叶わなかった。
「なん、で…僕がいちゃ、ダメなの…?」
どんどん沈んでいく僕を尻目に。
傍観者に徹したマキくんの、薄ら笑う声が耳を掠める。
そんな事より、僕を最も追い詰めるのは────…
「…これは俺とマキの、問題なんだよ。」
まるで僕は部外者だとでも言うような。
上原君のその…乾いたひと言だった。
「そっ、か…そうだよ、ねっ…」
僕は知らない。
キミがどんな気持ちで、彼を抱こうとしたのか。
名前だって知らされてなかった。
彼とは何も無かったって…あれ以来一度も会ってさえいないからって。
なのに何故ふたりはこんな所で密やかに落ち合い、
まるで恋人同士の逢瀬ように、抱き合ってたのか。
そんな理由なんて。
僕は、知りたくもないよ…
動揺なんて見せたくない。
僕にだって、意地があるんだから。
醜い嫉妬なんて、なんだか悔しいだけじゃんか…。
なのになのに、弱さ故に溢れてしまう涙。
僕は必死にそれを押し止 めようとするのだけど…
「…保、俺は─────」
泣き出した僕を見かねてか、
上原君が切羽詰まったよう口を開く。
でももう、限界みたい。
「保…!!」
これ以上は我慢出来なくて、
僕は俯いたまま踵を返し走り出す。
背後から、何度も僕を呼ぶ声がしたけれど…
(追い掛けては、くれないんだね…)
愛しい人の声は、
ただ小さくなるばかりで…
そのうち何も聞こえなくなってしまった。
その日きたメッセージも着信も、
僕は全て見なかった事にした。
夜分遅く、
遠慮がちに家のドアがノックされたけれど…
僕はただ怖くて。
布団の中に隠れ、途方もなく…
ただただ泣き崩れた。
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