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第35話 心を削る
その日から俺は、時間を見つけて葵の病室へ通った。目の前で青褪めながらも心配かけまいと微笑む葵に、俺が出来る事はほとんど無かった。
俺に出来るのは、顔を見せて、優しく手を握って最近あった事を面白おかしく話す事だけだった。時々、葵が恥ずかしそうに甘えてキスを強請ってくる時は、様子を見ながら応えるのだけど、そんな時は決まって葵が言うんだ。
「ふふ、まるで逆だな。涼介がいつもキスを強請っていたのに…。」
俺は片眉を上げて葵を睨むと、ぎゅっと葵を抱きしめて優しく口づけて言った。
「…俺ってそんなに強請ってたっけ?まぁ、葵は俺にご奉仕凄まじかったけどさ。あの時の分も、葵にご奉仕仕返さないとな?」
俺の腕の中で、少し疲れた表情で葵はささやいた。
「…でも俺の体力がもう持たなそうだ。最近酷い頭痛があるんだ。実際、今朝は酷かった。…これが続く時は強制的に眠らせてもらう事にしたんだ。そうすると、涼介が来てくれても気付けなくなるな…。」
そう言って困った様に微笑む葵を見るのが辛くて、俺は立ち上がると窓から見える都会のビル群を眺めた。
「…俺は葵が苦しい方が辛い。大丈夫だ。葵が眠ってる時は側で手を握ってやるさ。」
そう言うと、葵は嬉しそうに微笑んで言った。
「ありがとう。俺が涼介を遠ざけるなんて、本当に愚策だったよ。…あの離れていた時間が悔やまれるよ。」
そう言って微笑む葵は、あの健康そのものでマッチョの面影はすっかり消えて、よく知らない人間が見たら葵だとは気づかないだろう。
俺はいつもより冷たく感じる指先に唇を押し当てると、無理して笑って言った。
「こんなに冷たい指は、俺が温めてやらないとな。」
葵が眠ったのを見届けると、俺は病院を出てスマホでメッセージを送った。いい加減向き合う必要があった。俺たちがこんな事になるなんて、半年前は全く考えもしなかった。
人生の運命の輪があるとすれば、俺の輪は随分残酷に回るんだなとひとり苦笑いした。手の中で震えるスマホに浮かび上がった返事を見つめて、俺はタクシーに乗り込んだ。
『18時過ぎなら家にいる。』
この返事をどんな気持ちで打ち込んだのか、俺は蓮の気持ちを思った。俺たちは結局、今は全く身動き出来なくなってしまった。俺が蓮に掛ける時間は無くて、気持ちに応える余裕も無くて、それはどうしようもない事だって誰もが知っていた。
でも、それを放っておくには、俺と蓮の絆は強すぎた。俺たちは竹馬の友なのだから。
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