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第38話 最後の時
それから葵は、見舞いに行っても薬で眠っている事が多くなった。本人が言っていた様に、辛い症状を眠ることで感じにくくさせているみたいだ。
完全に眠っている時と、朦朧としている時があって、朦朧としてる時は俺を見て嬉しそうに笑った。俺はそんな葵の冷たい手をそっと撫でて温めたり、優しくキスする事しか出来なかった。
後から考えると、この物言わぬ葵との時間が、俺に別れへの耐性を付けたのだろう。俺はピクリとも動かない葵の、血の気のない顔を見つめ続けたのだから。
あの日はいつもの様に病室に顔を出すと、珍しく葵が目を覚まして起きていた。俺は嬉しくなって、急ぎ足でベッドへ近寄ると、葵に口づけた。
「…ふ。来るなりキスか?涼介の顔、久しぶりに見た気がする。俺、…夜は案外起きてるんだ。どうしても朝方に酷い頭痛や怠さがあって、耐えられなくて点滴してもらってるから。
今日は調子が良いから、涼介に会えるかなって思って、待ってた。」
そう、掠れた声でゆっくりと話す葵は、なんて言うか消えてしまいそうな儚さを感じた。そんな俺に葵は微笑んで言った。
「…なぁ、そんな顔するな。笑ってくれ。俺は涼介に幸せになってもらいたいんだ。…お前、全然強くないから。お前ほど、中身と外面が違う奴も珍しいよな。
そんなお前が、俺は愛しいけど、心配だ。俺は側に居られないから、誰かお前をちゃんと分かってくれる奴と仲良くしろよ。…そうだ、お前の側にいつもくっついてる奴とかな…。
あいつ、いつも俺を睨んでたんだぜ?…ふう。話するのも疲れるな。…でももうそんな機会が有るか分からないから…。」
そう言うと、葵は俺たちの話をした。でもそれは全部過去のことばかりで、今のことも、未来のことも何も語れないことに俺は気づいてしまった。
葵は悪戯っぽい顔をして言った。
「俺さ、涼介の初恋の相手になれたことがすげぇ嬉しくてさ。もうそれだけで、充分って言うか。」
俺は何だか胸が詰まって、葵の手を握るとベッドに顔を押し付けて呻いた。そして、葵の顔を見つめて言った。
「…ぐっ。葵は、俺が初めて好きになった相手だ。気づくのに一年もセフレしてたけどな。俺って馬鹿みたいに鈍感だよな。葵、死なないでくれ。頼むよ…。」
そう言って俺は葵の前で堪えきれずに泣き続けたんだ。葵は目尻からポロリと涙を落としながら、微笑んで言った。
「…俺たちの道は、残念だけど離れてしまった。ごめんな、涼介。お前は俺の分も生きてくれ。好きになってくれてありがとう。」
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