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第39話 静かな雨

霧雨が降ってる。じわじわと身体を濡らすこの雨は、俺の心を静かに包み込む気がした。ああ、このままずっと濡れていれば、何も考えなくて済むのかな。 不意に俺の頭上に傘が掲げられた。俺はチラッと傘の持ち主を見ると、少し笑って呟いた。 「何だ。邪魔するなよ。俺今、泡になって消える所だったんだから。」 すると少し強張った声で、蓮が言った。 「…冗談が過ぎるぞ。お前は人魚じゃないんだからな。」 俺はやっぱり少し笑って言った。 「でも、そんな気がしたんだ。それに冗談でも言って笑ってた方が、葵も喜ぶだろう?あいつ、俺には笑っててくれって言ってたから。」 そう言って俺は葵の葬儀場を見つめた。もう直ぐ出棺の時間だ。俺は中に居るのには耐えられなくて外に出てきてしまった。待つ間もなく、葵の白木の棺が身内に掲げられて車へと運ばれて行く。 此方へも響いてくる多くの参列者の咽び泣く声が、霧雨を押しのけてくる。俺はどこか痺れた様に何も感じなかった。俺と葵は二か月という時間をかけて、今生の別れをしたんだ。何を今更という気持ちだった。 遠ざかる葵を載せた車を見送りながら、俺は口の中で呟いた。 「…さよなら、葵。…いつか俺がそっちに行くまで首を長くして待ってろよ。」 俺と蓮は黙りこくって、タクシーに乗り込んだ。俺は只々泥の様に眠りたかった。家には帰りたくなかった。何も言ってない弟の理玖に心配されたくなかった。 「…蓮のマンション行っていいか。眠らせて。」 まだ夕方だったけれど、俺は自分の家の様に蓮のマンションに上がり込むと、礼服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。生温いシャワーを顔に浴びながら、俺の涙は枯れたのかなと思った。 蓮のベッドに潜り込んで、俺は何も考える暇もなく眠りについた。夢の中で葵に会えたらいいなと思ったけれど、気がつけばもうすっかり窓の外は夜になっていた。 時計の針は夜中の1時を回っていて、俺はベッドからぼんやりと起き上がるとリビングへ顔を出した。間接照明の薄明るいリビングでは蓮がパンイチでソファに座って古い映画を見ていた。 「…悪い、ベッド占領しちゃってた。何か飲むものある?」 蓮は俺の顔を見つめて立ち上がると、冷蔵庫から微炭酸のレモン水をグラスに注ぐと俺に渡しながら言った。 「ちょっと顔色マシになったな。眠れてなかった?…俺、こっちのソファで寝るから、ベッドでまた寝てこいよ。」 俺はグラスを一気に飲み干すと、蓮を見つめて言った。 「…ああ、お前と一緒にな。」

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