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45 追憶②

『ゴメンなさい…』 何もしていない、存在すら許されないのだと。 外へと放り出された2歳の俺。 それでも、記憶は鮮明に残っていた。 『ごめ…パパ、ママっ…ごめんなさい…』 幼いながらも悟っていた、自分の所為でみんなが苦しんでおかしくなっていくんだと。 それは無責任な大人達からの、責任転嫁だったけど。 当時の俺に、そこまで理解出来る筈もなく。 罪の意識もままならぬまま、ひたすらに謝り続けた。 『ごめ、なさ…パパ、ママ、おじさん、おばさん──』 “こーちゃん…” 自分の所為で、 隣に住むおじさんとおばさんが変なのも知っていた。 晃亮が苦しめられているコトも…。 『ごめ…こーちゃ、ゴメっね、パパ、ママ…』 雨でぬかるんだ地面にへたり込み、覚えたての拙い言葉で必死に叫んでも、 その声は届く事はなく。 けれどそれしか術がなくて。 その冷たい扉が開くのを信じて、潰れた声で永遠と泣き続けた。 『…………』 『こーちゃ?ごめっね…こーちゃ、こーちゃ…!』 今と変わらない、幼くして既に曇ってしまっていた… 晃亮の瞳。 白い肌には幾つもの傷と痣が刻まれてて。 それがまるで、俺自身の痛みみたいに感じて。 酷く泣いてしまったっけ…。 泣きじゃくる俺の前に、裸足で立つ晃亮。 その瞳には無。 たった4歳の子どもに、俺に対しての同情だとか。 一切の感情は持ち合わせておらず… ただただ無言で、俺を見下ろしていた。 『こーちゃ…』 名を呼ぶと、少しだけ視点がぶつかって。 『……?』 小さくても、俺のそれよりは少しだけ大きな傷だらけの手が…徐に、差し出された。 『おいで、すばる。』 誰も受け入れてくれなかった。 お前は要らない子だよと、 安易に産み落とすくらいなら、いっそ捨て置けばいいのに… 大人の都合で飼い慣らされ、謂われのない差別と暴力をこの身に受けた。 他人だって見向きもしない。 この辺りは皆『名前』で生きてる大人達ばかりだから。 『可哀想に』と口にするだけで、満足して終わり。 それなのに。 2つの俺が多少なりとも認識出来た罪ならば、 4つの晃亮は更にいろんな事を、理解していた事だろう。 俺の父親が晃亮と同じで… 悪い事をして俺が生まれたんだって。 その所為で、晃亮に酷い事をするんだって。 解っていたのに、なんで… 『すばる、おいで。』 殆ど感情は籠もっていない。 何故なら、その方法を知らないから。 けど誰よりも優しかった、嬉しかった。 名を呼んで、手を差し伸べてくれる君が…眩しかったから。 『こーちゃん…?』 この手をゆっくり託せば、冷たいそれで包まれて。 くしゃくしゃと、頭を撫でられた。 初めて頭を撫でてくれたヒトは、 両親ではなく、同じくらい小さな手の少年。 『あ…。』 傷だらけの顔で、静かに涙を流した晃亮は… 初めて、俺に笑顔を見せた。 それはあどけない日々だけの、僅かな記憶。 晃亮はもう、笑ったりしないんだ。

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