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第四章・5

 室内に入って間もないリビングルームで、響也は麻衣を迎えた。  全面ガラス張りの、展望台のような窓からは、きらめく夜景が一望できる。  その、まるで地上の星空のようなまばゆい光をバックに、響也は立っていた。 「ようこそ、麻衣くん。待っていたよ」 「ありがとうございます、響也さん」  麻衣が自分のことを『飛鳥さん』ではなく、『響也さん』と呼んだことに、すぐに気付いた響也だ。  だが、悪い気はしない。  ただ、耳に心地よい。  それだけ親密に感じているかと思うと、嬉しい。 「君も、こちらへおいで。夜景が、とても美しい」 「はい」  響也のすぐ傍らに、何の疑問も不安も感じさせない仕草で、麻衣は進んだ。 (この子は……)  響也は、その時初めて麻衣に違和感を覚えた。  まるで、警戒心がない。  すでに、恋人であるかのような距離。  響也は、試してみるつもりで、その小さな肩をそっと抱いた。  しかし麻衣は、緊張し、強張るどころか、響也を見上げて嬉しそうに微笑むのだ。 「本当に。すごく綺麗ですね」 「ん? ああ、そうだな……」  麻衣が響也の価値観の歯車を狂わせていく、その第一歩だった。  凍てついた頑なな心を溶かしていく、第一歩だった。

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