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第六章・4
温かな浴室で、バスタブに顎まで浸かり、麻衣は目を閉じていた。
(いいのかな、僕)
遠回しに、響也へ伝えた。
(この純潔を、捧げます、って)
自分より、ひどく大人に思える、響也だ。
もちろんその意味を汲み取り、寝室で待っていることだろう。
(少し、怖い)
海外の高校生活の中、仲の良かった友達に、交際を申し込まれたことがある。
ぜひ結婚を前提に、お付き合いして欲しい、と。
このまま、この国に残って欲しい、と。
だが麻衣は父に、卒業後は進学せずに帰国するよう、伝えられていた。
すでに早乙女家は、麻衣をそのまま大学で学ばせる余裕を、失っていたのだ。
手も握らず、キスもせず、別れた。
本当に初めての経験を、麻衣はこれから迎えるのだ。
(響也さんは素敵な人だし、大人だから。きっと僕に、優しくしてくれるはず)
思い切って、勢いよく湯から上がった。
ていねいに体を拭き、髪を乾かした。
バスローブを纏ってリビングに歩くと、照明が落としてある。
その代わり、奥の部屋からオレンジ色の明かりが漏れていた。
「きっと、あそこが寝室なんだ」
そして、響也さんが待っている。
鼓動は速く打っていたが、歩みはゆっくりと、麻衣はそこへ向かった。
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