36 / 230

第八章・2

 手荷物は、最小限で。  必要なものは、全て飛鳥家が準備するから。  そう響也に言いつけられていた麻衣は、赤いキャリーバッグひとつで迎えの車に乗った。  漆黒の、ピカピカに光る大きな自動車では、運転手の他に麻衣を守る警護の人間が二人と、もう一人落ち着いた中年男性が同席した。 「わたくしが、麻衣さまの専属執事でございます」  岩倉(いわくら)と名乗る執事は、飛鳥の屋敷へ向かう車内で、これからの麻衣について簡単な説明をしてくれた。 「お屋敷では、3階フロアが麻衣さまの居住スペースになります」 「響也さんは、同じお部屋ではないのですか?」 「響也さまは、4階にお住まいです」  そして、たとえ婚約者といえども、勝手に響也のフロアに入ることはタブーだと言う。 「1階は使用人のフロア、2階は客間、飛んで5階は……」  岩倉は説明を続けていたが、麻衣の心は別のところにあった。 (響也さん、いつも一緒ではないんだ……)  婚約者でも、彼の領域に侵入するには許可がいる。  そんな飛鳥家の掟に、麻衣は寂しさを感じていた。

ともだちにシェアしよう!