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第八章・2
手荷物は、最小限で。
必要なものは、全て飛鳥家が準備するから。
そう響也に言いつけられていた麻衣は、赤いキャリーバッグひとつで迎えの車に乗った。
漆黒の、ピカピカに光る大きな自動車では、運転手の他に麻衣を守る警護の人間が二人と、もう一人落ち着いた中年男性が同席した。
「わたくしが、麻衣さまの専属執事でございます」
岩倉(いわくら)と名乗る執事は、飛鳥の屋敷へ向かう車内で、これからの麻衣について簡単な説明をしてくれた。
「お屋敷では、3階フロアが麻衣さまの居住スペースになります」
「響也さんは、同じお部屋ではないのですか?」
「響也さまは、4階にお住まいです」
そして、たとえ婚約者といえども、勝手に響也のフロアに入ることはタブーだと言う。
「1階は使用人のフロア、2階は客間、飛んで5階は……」
岩倉は説明を続けていたが、麻衣の心は別のところにあった。
(響也さん、いつも一緒ではないんだ……)
婚約者でも、彼の領域に侵入するには許可がいる。
そんな飛鳥家の掟に、麻衣は寂しさを感じていた。
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