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第八章・5

 エレベーターで3階に昇り、麻衣は岩倉に色々なドアを開けてもらった。 「こちらが、リビングでございます。こちらは、ダイニングルーム。こちらに、書斎……」  このフロア全てが、麻衣のためにある。  だが、麻衣のためだけ、なのだ。  他の誰かが。  響也が使う部屋は、ないのだ。  贅沢な間取りや豪華な調度、それらを飾る美術品を見ながらも、麻衣の気持ちはどんどん沈んでいった。  そんな麻衣の様子に、岩倉は声を掛けてくれた。 「お疲れでしょう。すぐに、お茶の支度をさせますので、こちらでお待ちください」 「どうぞ、お構いなく」  それでも岩倉は、何だか嬉しそうに、いそいそとリビングから出て行った。  彼は彼なりに、響也が新しい婚約者を決めたことが喜ばしいのだろう。 「はぁ……」  大きなソファに深く身を任せ、麻衣は溜息をついた。  何もかもが、充分過ぎるほど用意されている。  だが、響也だけが足りていないのだ。 「夜には、お屋敷に到着されるかな。ここへ来てくださるかな」  そうだと、いいが。  初日から不安を抱え、麻衣はうつむいていた。

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