39 / 230
第八章・5
エレベーターで3階に昇り、麻衣は岩倉に色々なドアを開けてもらった。
「こちらが、リビングでございます。こちらは、ダイニングルーム。こちらに、書斎……」
このフロア全てが、麻衣のためにある。
だが、麻衣のためだけ、なのだ。
他の誰かが。
響也が使う部屋は、ないのだ。
贅沢な間取りや豪華な調度、それらを飾る美術品を見ながらも、麻衣の気持ちはどんどん沈んでいった。
そんな麻衣の様子に、岩倉は声を掛けてくれた。
「お疲れでしょう。すぐに、お茶の支度をさせますので、こちらでお待ちください」
「どうぞ、お構いなく」
それでも岩倉は、何だか嬉しそうに、いそいそとリビングから出て行った。
彼は彼なりに、響也が新しい婚約者を決めたことが喜ばしいのだろう。
「はぁ……」
大きなソファに深く身を任せ、麻衣は溜息をついた。
何もかもが、充分過ぎるほど用意されている。
だが、響也だけが足りていないのだ。
「夜には、お屋敷に到着されるかな。ここへ来てくださるかな」
そうだと、いいが。
初日から不安を抱え、麻衣はうつむいていた。
ともだちにシェアしよう!