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第十章・4
「翡翠は。いや、ミドリは麻衣のことが、すっかりお気に入りのようだ」
「そんな。申し訳ないです、響也さんのネコちゃんなのに」
「仕方がないよ。なぁ、翡翠」
反応が、無い。
「では、ミドリ」
「ニャァ」
ほら、ね。
響也は軽く片目を閉じて、麻衣にウィンクを贈った。
その仕草に、ほろほろと心の結び目がほどけてゆく。
麻衣は、ようやく響也の婚約者としてここへやって来たのだと、自覚することができた。
二人を温かな空気が包んだ時、それまで黙って見守っていた服部が口を開いた。
「響也さま。そろそろ、執務のお時間でございます」
「解った」
立ち上がる響也の手を、麻衣はとっさに握っていた。
行かないで。
もっと、ここに。
ずっと、傍にいて。
そう言いたいが、言葉にならない。
響也は麻衣の手を握り返した後、ほどいた。
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