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第十章・5

「今から、少し仕事がある。その後は、お父様と面談だ」  では、その後にまた、僕のところに……。  だが、響也の言葉は悲しかった。 「麻衣は、先にゆっくり休むといい」 「……はい」  立ち上がった響也は、そのままドアへ向かう。  振り向きもせずに、行ってしまう。  麻衣の鼻の奥は、ツンと痛くなった。  なぜだか、涙がにじんでくる。 「ニャァ」  猫のミドリが、そんな麻衣を見上げて来た。 (そうだよね。初日から悲しい顔してちゃ、いけないよね)  麻衣は猫を抱き上げ、前足を軽く握った。 「響也さん!」 「ぅん?」  響也が振り返ると、麻衣がミドリの前足を持っている。  そしてそれを、左右に振った。 「いってらっしゃい!」 「ニャァ」  その可愛らしい仕草に、響也は軽く笑った。 「ありがとう。おかげで、頑張れそうだ」  響也はそのまま行ってしまったが、麻衣の心には小さな強さが芽生えていた。

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