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第十八章・5

 華麗なフォームの飛び込みに、ダイナミックなバタフライ泳法。 「すごい! 響也さん、カッコいいです!」 (見ているか、麻衣。私の泳ぎを!)  麻衣の声援に気を良くした響也は、ターンしてさらに泳ぐ。 「響也……、さん……?」  何度も何度もターンして、まるでマグロのように延々と泳ぎ続ける響也は、麻衣にカッコいい所を見せたい一心だった。  やがて、ようやくプールから上がって来た響也に、麻衣は恐る恐る声を掛けた。 「大丈夫ですか? 少し、休んだ方が」 「いや。麻衣の、スイミングの特訓をしなくてはな」  にっこり笑うと、響也は今度は静かに水中へ入った。  麻衣は、幼い頃に足を滑らせ、頭からバスタブへ落ちてしまったことがある。  そのトラウマで、今でも水が怖いのだ。  足をすくませる麻衣に、響也は腕を伸ばした。 「さあ、おいで。怖くないから」 「で、でも」 「大丈夫。私が、しっかり手を握っていてあげるから」  麻衣は、響也の大きな手のひらをつかんだ。 「絶対に、離さないでくださいね。絶対、ですよ!?」 「絶対に、離さないよ」  麻衣の爪先が、そっと水面に降りる。  まるで愛の誓いのような言葉を、二人は気づかないまま交わしていた。

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