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第二十八章・5

 早乙女宅からの帰途、車中で響也は麻衣に心からの賛辞を訴えていた。 「いや……、あれは、もう。何というか……、こう、心に……」  歯切れの良くない響也の言葉に、麻衣は頬を膨らませている。 「もう! 下手だった、って、ハッキリ言ってくれていいんですよ!?」 「ち、違うんだ。すまない。語彙力が!」  言葉を失うほど、素晴らしい曲だった、とやっとの思いで、響也は言った。 「いい歌でしょう? よかったら、後でまた聴きましょう。僕、音源持ってるんです」 「うん……。いや、やめておこう」  麻衣は、意外だ、という顔をした。  こんなに感激しているのに、響也さんは繰り返し聴きたくはないのだろうか。 「あの曲は、麻衣が歌って初めて、私の心を打つんだよ」  どんなに素晴らしい声楽家でも、越えられない。  そう、響也は語った。 「じゃあ。僕、また歌いましょうか?」 「いや。それも遠慮しよう」  響也は、さっぱりとした顔つきで、麻衣の方を向いた。 「来年の新春まで、楽しみは取っておくよ」  明くる年に、また。  麻衣と出会ってから一年以上先の話を、響也は初めて口にした。  眩しい未来の予定を、たてた。

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