156 / 230

第三十二章・2

 哲郎は頭を掻いて、うなずいた。 「確かに。響也が誰かに向かって『愛してる』と言ってる姿は、想像できないなぁ」 「そうなんですか?」 「うん。あいつは子どもの頃から、モテたからね」  自分からではなく、相手の方から『愛してる』と言われることが常だった、と哲郎は語った。 「そういう麻衣くんは、あいつに言ったことあるの? 愛してる、って」 「いいえ。実は、僕もまだ」  麻衣の場合は、学業に一生懸命だったことから、誰かに愛を伝えた経験がない。  バレンタインデーに、響也に渡したチョコレート。  それに添えたカードに、『I love you』と綴るだけで、精いっぱいだった。 「お互いに、問題を抱えてるなぁ」  しかし、と哲哉は微笑んだ。 「そんなに重く考えて、気に病む必要はないと思うよ。無理をしても、解決にならない」  言葉は無くても、響也は確実に麻衣くんを愛している。  そう、哲郎は断言した。 「響也が意識して。無理して頑張って『愛してる』と言って、麻衣くんは嬉しいかな?」 「いいえ。そんな」 「だろう? 時が来れば、想いは必ず言葉になる。安心して!」 「はい!」  ようやく元気になった麻衣は、診察室を出て行った。 「ふむ……」  麻衣に、ああは言ったものの、哲郎はペンで鼻の頭を搔きながら考えていた。 「愛してる、か」  その言葉が麻衣の心の拠り所になるのなら、響也にはぜひ言ってもらいたいところだ。  哲郎はさっそく、響也を呼び出した。  しかし、麻衣の誕生パーティーで頭がいっぱいの彼がやって来たのは、午後になってからのことだった。

ともだちにシェアしよう!